ともかく聖を玄関に通しながら、部屋に迅の痕跡がないか必死に考えを巡らせた。
大丈夫だ。替えのTシャツは寝室の方に畳んであるし、飲食や身づくろいが不要の迅が居間に残す痕跡はほぼない。

聖は久しぶりだのなんだの呟きながら勝手知ったるひいおばあちゃんの家に上がり込む。聖はちょっと前まで、夏の度、この家に来ていたんだっけ。
ところで、ボストンバッグの大きさが心配だ。

「聖、うちのお母さんに言われてきたの?」
「春香おばちゃん心配してたからな。俺がひと肌脱ごうかと思って。でも、やっぱ心配無用だな、真香が彼氏と住んでるってわけじゃなさそうだもん」

彼氏とは住んでいない。だけど、幽霊の従兄とは住んでいる。聖の兄とだ。
聖はちゃぶ台に紙袋を載せる。さらに保冷バッグが出てきて、中には伯母さん手作りとおぼしき、筑前煮と海苔巻きが入っていた。

「ちゃんと食えってさ、あとこれは春香おばちゃんから預かりもの」

次に聖がボストンの内ポケットから取り出したのは、銀行の封筒だ。中には“予備費”というメモと、さらに五万円が入っていた。無理をさせている気がする。以前もらったお金と迅のへそくりで足りるので、これは使わずに返そう。

「俺、五日くらい厄介になるからな」

聖がケロッとした顔で言い、タッパーから筑前煮のレンコンをつまみだし口に運ぶ。私は裏返りそうな声で聞き返した。

「え!?なんで?」
「マナカがちゃんと受験勉強してるかの監視役ってのがひとつ、あとは俺もこっちで羽伸ばしたいんだよね。やっぱ家にいると、まだ空気重くてさ」

羽を伸ばすなんて話じゃない。なにしろ、ここには聖が思わぬ人物が住んでいる。そして、その人物は、聖には会わずにおきたいと願っているのだ。

そうだ、今はまだ午前、夕方に迅が帰宅する前に聖を納得させて追い返そう。
なんて言えばいいだろう。私は大丈夫だってことをわかってもらって、ひとりの方が勉強に集中できるっていうのを強調して……。駄目なら、少しお小遣いを渡して、買収しようかな。

私が言葉を選んでいると、なんてタイミングなのか……がらりと引き戸が開く音がした。