ビルを出て、さて何をしようかと顔をあげる。すると、駅のロータリーを歩いてくる背の高い人に見覚えがあった。あ、と私の心臓が跳ねた。トクトクと加速する鼓動。
彼もまた私を見つける。

「マナカ!」
「迅(じん)!どうしたの!?」

ジャージにジーンズ姿の迅は大きな歩幅で私に近づき、精悍に笑った。

「親父が良い肉もらってさ。今夜はすき焼きだから来いって。お袋が」
「仲良しだね、迅の家は」

有島迅(ありしまじん)は、五つ年上の従兄だ。

短い黒い髪、はっきりした目鼻立ち、笑うとくしゃっとなる顔は子どもの頃から変わらない。高校卒業と同時に警察官になり、今は世田谷の住宅地にある警察署で勤務している。実家はうちのマンションの目と鼻の先なんだけど、警察署の独身寮に住んでいるから、こうして会えるのは月に一・二回だ。

「マナカは?」
「私は予備校が休講になっちゃったの」
「お、マジで?じゃあ、なんか食いにいこうぜ」

迅はわくわくと子どもみたいな顔になる。いい大人なのにはしゃぎ方が犬みたい。迅は大型犬に似てる。

「夕飯、いいお肉ですき焼きなんでしょ?」
「夕飯までには腹空くよ。な、いこうぜ」

そんなことを言って、私の背をぐいぐいと押す迅。私はあからさまに嬉しそうな顔をしないように、ため息をついてみせる。

「仕方ないなぁ。いいよ」

本当はすっごく嬉しくて心臓がどきどきしてるなんて絶対に言わない。