翌朝、頭痛が止んでしまったため、私はトシさん宅訪問を断る理由がなくなった。体調不良なら角の立たない断り文句になると思ったのに。朝から憂鬱な気分で数学をさらい、家事をする。

お昼はうどん粉を処理すると言っていた。早く来いというので、普段より一時間早く仕度をする。テキストと参考書を麻のトートに入れ、向こうでも勉強できるようなスタイルで、出発した。真夏の昼時、麦わら帽子に綿のワンピースで汗をかきかき歩く。

トシさんの家に着くと、勘太郎が私を見て顔だけあげた。
おとなしい勘太郎は吠えたりしない。でもたぶん歓迎はしていない。ごめんね、私も本当は来たくはないんだ。勘太郎の横をそうっと通り、縁側から室内を覗いた。

「来たね、手伝いな」

早速トシさんが私を見つけて声をかけてくる。手には大きな平たいすり鉢みたいなものを持っている。木製で、随分古いもののようだ。
私が不思議そうに眺めていたせいだろう。トシさんが言う。

「蕎麦の鉢だよ。大きさがちょうどいいからね」

左手のミサンガをはずしてポケットに入れ手を洗い、トシさんから手渡された前掛けをぐるりと腰に巻くと、うどん作りは始まった。
水を足し、うどん用の中力粉を混ぜる。手にべとべとになった粉がついてとれない。指と指の間のねとねとする感触が嫌だ。それでも構わず混ぜるのは、トシさんが横で監視しているせいだ。
随分捏ね、ぼそぼそした形状の生地がひとまとめにできるようになった。トシさんはビニールシートを敷き、そこに出来上がった生地の玉を置く。さらにもう一枚上からビニールシートを敷くと私に命じるのだ。

「ほら、この上に乗りな」
「乗る?え?」
「足踏みするんだよ。なんだい、あんた、うどんも作ったことないのかい?」

あるわけない。大多数の家庭は、うどんとは買うものだ。捏ねて作るものじゃない。