私が黙っているので、迅はふっと笑ってお風呂掃除に行ってしまった。
迅が思うより、私にとっての人間関係は複雑で難解だ。勉強はやればできる。でも、対人間になった途端手に負えなくなる。迅や優衣のように、向こうから親愛を示してくれないと、関係を築けない。お母さんとの関係がうまくいかない本質もそこなのだと思う。否定的な態度をとられると、殻を厚くし話し合う余地をなくしてしまう自分に気付いている。問題があるのは私なのだ。
意地悪だけど、トシさんだけが悪いわけじゃないのかもしれない。
夕飯はあるもので済ませることにして、私は痛い頭を抱えて、再び横になった。とはいえ、たくさん寝すぎて眠気はやってこない。だらだらと頭痛と闘っていると、迅が戻ってきた。私の布団の横、迅の布団いあぐらをかく。のびてきた手が、私の前髪を何度もすいてくれる。くすぐったくて恥ずかしくて、嬉しい。

「マナカは何になりたい?」

迅が言った。

「何にもなりたくない」
「若者らしくないなぁ」
「主体性がないって言われる。そういうところが、お母さんは嫌いみたい」

なりたいものはあった。未来への希望はあった。でもそれは、もう薄ぼんやりとしてしまった。
迅を亡くした今、私にはそれがやりたいことだったのかも思い出せない。

「マナカは何にでもなれる」

迅は言った。中途半端な慰めや叱咤じゃなく、私のために紡がれた言葉であることがわかった。

「今すぐじゃなくていい。大学に通いながらだって夢は探せる」

私は曖昧に頷いた。
確かに私の未来は白紙なのかもしれない。でも、それは自由な希望に満ち溢れた白じゃない。何もない空っぽの白だ。無色透明で味気ない。

私の世界は迅だった。一から十まですべてが迅だった。迅のいない世界にもう光はないというのに。

だけど、志半ばで死んでいった迅にどうしてそんなことが言えるだろう。私は押し黙り、眼を閉じて眠るフリをした。夕暮れ時、迅の手の感触は頼りなく、感じることができないほどになっていた。