「迅、私、トシさん苦手」

思わずぽつりと言ってしまう。ディスるつもりなんかないのに、つい口を突いて出たのは、どうしたって敵わない年長者の脅威から逃げたかったから。明日から、もうあの家には行きたくない。

「うーん、そうかと思った。マナカは人見知り激しいもんなぁ」
「人見知りとか、そういうんじゃないの。あの人、意地が悪いし、私のこと嫌ってるみたいだし」
「トシさんは誰にでも陰険だよ。近所の人にもあんな感じだもん。みんな慣れてるみたいだけど。そのトシさんがわざわざマナカを嫌う理由ないだろ」

嫌っていて、逃げたがっているのはおまえだろ、と暗に言われた。私は押し黙り、痛み出した右こめかみのあたりを押さえた。

「ものを知らない小娘扱いされるのが苛々する」
「あの人からしたら、俺もおまえも赤ん坊と一緒だよ」
「年を取ってるのがそんなに偉いの?」
「俺たちより見てきたものが少し多いってだけ。そして俺たちより人生を考えてきた時間も長い」

迅が笑って、私の横から立ちあがった。

「マナカは、たまに閉鎖的になる。自分の理解の範疇にないことから逃げようとする。悪いことじゃないけど、損してるぞ」

頭が痛い。迅の言葉がどくどくと脳神経に響く。
簡単に言うけれど、誰もが迅のように社交的でもコミュニケーション能力にたけているわけでもない。私のように、自分ひとりの輪の中から出たくない人間だっているのだ。

「トシさん、面白いよ。ご主人亡くされて、息子さんや娘さんと同居を断り続けて、ひとりで野菜作って暮らしてる。勘太郎の介護しながらさ。言葉キツイけど、いろんなこと考えてるから話してると楽しいぞ。マナカも合わないって壁立てる前に、一歩踏み込んでみたら?」