「あ、違うんだ。てっきり、マナカが俺をひとり占めしたくて言ってるのかと思った」

私はその冗談に迅の背中をばしんとたたく。
いてえ、と顔をしかめて笑う迅はやっぱりからかっているようだ。でも、すぐに真面目な表情に戻った。

「あのさ、俺の残り時間ってあとどれくらいあるかな」

迅は歩きながら自分のてのひらに視線を落とす。

「こうして、昼間はみんなに見える身体はあっても、もう腹は減らないし、汗もかかない。夜にはクラゲみたいにふにゃふにゃになっちゃう。俺が人じゃなくなっちゃったのは確かなんだよな。そして、こんな生物が長くこの世界に存在していいわけがない」

あっけらかんとしている迅にしては真剣な口調だった。迅は、自らの状態を受け入れているように見えて、その実不自然さを感じていたのだ。許されないという、内罰的な想いがあったんだ。

「迅……」
「だから、せめて俺にできることはしときたいんだよね。ほら、元ポリスメンじゃん?世のため人のためってのは無理だから、周りの困った人くらいは手伝っとこうかなって」
「でも、犬のことはあのおばあさんがやるべきことでしょう?あんな大きな犬、高齢になれば老老介護みたいになるってわかってただろうに……」
「亡くなったおじいさんが飼ったみたいじゃん。小屋の修繕なんてすぐだし、たとえば朝晩また散歩先で動かなくなっちゃってもトシさん困るだろ?暇で力持ちの俺にぴったりの仕事じゃないですかぁ」

胸を張って請け負う迅に、私は否定や文句の言葉を探す。でも、その理由がすべて私があのトシさんというおばあさんが苦手な部類の人に感じられるというだけだった。すごく主観的で自己中心的じゃない。

「せっかくもらった自由時間だけど、ダラダラするのはそろそろ飽きてきたんだよな。ちょっと仕事増やさせてよ」

迅は私にお願いの体で言わなくてもいい。迅が何をしようと本来は自由なのだ。それなのに、私の機嫌をとろうとしてくる迅に、私は上手に言葉が返せなくなってしまう。そうして黙ってうなずくのだ。

その日、迅は家に余った材木と買い足した材料を担いでトシさんの家へ向かった。小屋はその日中に新しいものができたそうだ。