「おばあちゃんは、この辺に住んでんの?勘太郎、重いでしょ。散歩大変だねぇ」

迅が屈託なく言うと、おばあさんがムッとした顔で言う。

「馴れ馴れしくおばあちゃんなんて呼ぶんじゃない」
「んじゃあ、奥さんのお名前は?」

愛想の良さもさることながら、距離の詰め方が警察官っぽいなぁと思っていると、おばあさんが鼻を鳴らして答える。

「トシだよ。衣田(きぬた)トシ、82歳。こっちは秋田犬の勘太郎」
「トシさんと勘太郎!俺は迅って言います。こっちは従妹のマナカ。マナカの受験勉強と避暑で夏中こっちにいるんですよ」
「避暑だなんて、この町は盆地だから暑いってのに」
「東京よりはずっと涼しいですよ。朝晩は特に」

気難しそうなおばあさんと世間話を始めてしまう迅にヒヤヒヤしながら、私は犬の勘太郎を覗き込んだ。正直に言えば、ちょっと怖い。こんな大きな犬に近づいたのは初めてだ。
おそるおそる手をのばし、毛に触れてみようとすると、横からトシさんが言う。

「おっかなびっくり触るヤツは噛まれるよ」
「え!」

私は驚いて手を引っ込めてしまった。見れば、トシさんは意地悪に笑っている。わかった。この人は性格があまりいい人じゃない。私みたいな小娘を脅かして喜んでいるんだから。

「迅、もういこ」

私は小声で言って、横の迅の袖を引いた。迅は私の声が聞こえているだろうに、トシさんに話しかける。

「おうちにもどって、また勘太郎が動かないと困るでしょ?俺、家まで送りますよ」

もう、どうして迅はそうなんだろう。人助けだって、相手を選べばいいのに。こんな意地悪なおばあさん、放っておけばいいのに。

「ふん、私は年金暮らしだし家族はいないよ。うちには金目のものはないからね。泥棒に入ろうったって無駄さ」
「やだなぁ、泥棒したかったら、成功率が高そうな空き巣にしますよ」

迅はトシさんから台車を受け取り、勘太郎を押して歩き出す。小柄なトシさんがその後に続く。泥棒だなんて言っておきながら、たぶん迅が本心から親切を申し出ているってわかっているんだろう。そうでなければ家までなんて招けない。
私はため息をついて、その後を追った。