お母さんは私の交友関係の狭さと人に対する警戒心の強さを知っている。昨日は彼氏ができたのではと心配していた様子だけど、その疑いは晴れているはずだ。
そして、私が心を許している優衣という親友の存在を知っているし、甥っ子の聖には信頼もある。

「受検だと言っているのよ」

お母さんは険しい声と表情で私を見据えた。

「この家で勉強しなさい」
「この家にいたくないの」

言葉にしてから、言い切るか迷った。お母さんを怒らせる直接的な言葉だからだ。
いや、言わなければならない。私とお母さんはもう随分、真っ当な親子ではなくなっていた。

「お母さんといると息苦しい。もうずっとそう思ってきた。何をしても怒らせてしまうし、期待に応えられない」

お母さんがぐっと押し黙った。

「高校に行かせてくれてありがとう。受験費用も大学の授業料も負担してくれるの、ありがとう。でも、私はお母さんの希望通りに生きられないかもしれない」

顔をあげ、お母さんの顔をまっすぐに見つめた。こんな風に母親と対峙すること自体随分ぶりな気がした。

「私たち、今は親子じゃないと思う。お母さんは私を操縦したいし、私はお母さんが怖いから従ってるだけ。……もうずっとお母さんのこと嫌いだった」

こんな言い方は傷つける。だけど、ごまかして上手いことを言っても、何も解決しないことは私もわかる。嫌だけど、つらいけど、言わなきゃいけない。

「少しの間、お母さんから離れたい。……悪いことはしないし、危ないことには近づかない。防犯も火の元にも気を付ける。ひとりで行かせてください」

頭を下げた私の耳に、椅子が引かれる音がした。
お母さんは朝食を途中でやめ、席を立ってしまった。そのまま仕度をして、何も言わずに出勤していくお母さんを私は無言で見送ることしかできなかった。