18時45分、まもなく夏の長い日が落ちる時刻。薄暗い部屋のダイニングに迅を通す。

「マナカんち久しぶりに来たなぁ」

迅はダイニングテーブルに手をかけ、ぐるりと間続きのリビングまでを見回した。確かにそうだ。子どもの頃はもっとお互いの家を行き来したっけ。

「来る用事ないもんね」
「おまえがいつも来てくれてたから」

冷蔵庫から麦茶を出そうとすると、ダイニングの椅子についた迅が制する。

「お茶とかいらねーから。飲んでも意味無いみたいで」

まだ幽霊で通す積もりなんだろうか。普段から陽気で冗談ばかり言っている迅だけど、ウケもしない冗談をこんなに引っ張るのも変だ。
応接セットがない我が家、私も迅の向かいの椅子にかけた。目の前の迅はいたって普通。いつも通りの有島迅だ。ここ数ヶ月の出来事がすべて間違いだったと言い切れるくらいには。
もしかすると、迅は事故で頭でも打ったのかもしれない。自分が死んだと思い込んでいるとか?

「マナカ、予備校帰りだろ?今日は外出予定ないか?」
「うん」
「申し訳ないんだけどな、この家に何日か泊めてもらえねぇ?」
「え!?」

突然の要請に私はぎょっとして叫んだ。家に来ることはおろか、泊まるなんて小学生以来だ。今更、迅が泊まるだなんて想像もできない。

「春香おばちゃんにも内緒にしてほしい……期限は、今はちょっと決められないんだけど」
「なに言ってるの、迅。どうして?伯父さんと伯母さんと聖に早く顔を見せに行ってあげてよ。まだなんでしょ?」
「それができないから頼んでるんだよ〜」

迅は苦笑いして頭をかく。まったく緊張感も真剣味もないいつもの迅なのに、どこか空気がおかしかった。その違和感は一緒にいればいるほど色濃くなっていく。