「迅！！」

何も考えられなかった。迅だ。迅がいる。生きている！
私は叫び、迅の身体に飛びついた。他に何も考えられなかった。迅だ。間違いなく本人だ。私にはわかる。

「迅！！生きてるんだね！！」
「マナカ」
「おかえり！！おかえり！！」

夢中で叫びながらその胸にすがりつき、温かな身体と心音に心の底から安堵した。迅だ。やっぱり生きていたんだ。遺体が見つからないはずだ。生きた迅はちゃんとここにいる。
涙が溢れ、頰も首も迅の胸もべしょべしょに汚した。あとで謝ろう。今は迅とまた会えたことを喜びたい。

「マナカ」

迅の声がずしんと響く。優しい声だ。ずっと聞きたかった声だ。それなのに、重たく聞こえるのはなぜだろう。

「マナカごめん」
「え？なに？」
「俺、たぶん死んでる」

後頭部に降ってきた言葉に私は顔を上げた。迅は真顔で、いや少しだけ笑って私を見下ろしている。何を言っているの？

「迅？」
「俺、死んだんだよ。それは間違いない」
「なにその冗談」

涙でぐちゃぐちゃの顔のまま迅に詰めよれば、笑顔を困ったようにゆがめる迅がいる。どうして？どうしてそんなひどい冗談を言うのだろう。

「俺、鉄砲水に流されただろう。そのまま死んだんだ。今の俺は幽霊ってヤツなんだと思う」
「馬鹿言わないで」

本当に迅は何を言いだしたのだろう。私は震える声でタチの悪い嘘を非難した。

「あったかいし、心臓鳴ってるし、触れるし……そんな幽霊がいるわけないじゃない」
「うーん、俺もそう思う。でも、もう少しすると証明できる。とりあえず、おまえんちに入れてくんない？あんまり人目につきたくないんだよ」

人目を気にする幽霊がどこにいるのよ。私は苛立ちながら、玄関のドアを開けた。
とにかく迅が生きてここにいることが一番の優先事項だった。