マンションの部屋に到着すると、鞄の中の鍵を探す。普段は内ポケットに入れているのが見つからない。朝、出たときにふと違うところにしまったのだろうけれど、思い出せないのだ。
ふと、思い出す。この瞬間が一番危ない。後ろから誰かつけてきていたら大変だ。
そんなことを迅に昔言われっけ。迅との会話を思い出して泣きたくなる……。
私はぴたりと、鞄を漁る手を止めた。
後ろで誰かの足音がしたのだ。ずり、というスニーカーがコンクリを擦るかすかな音だ。
ドクドクと早鐘を叩きだす心臓。顔がほてり、反対に手足が冷たくなる。緊張で指先が痛い。
このマンションの住人?ここは10階だ。通りかかるなら同じ階の住人だろうけれど、どうしてそこで止まっているの?足音を忍ばせているの?そもそも我が家は角部屋だ。背後の人物の行先はうちでなければありえない。
どうしよう。すぐ後ろにいる。走って距離をとって、振り返る?いや、廊下も端だ。逃げ場なんかない。どうしよう、どうしよう。
そうだ、ペットボトルのお茶がある。これを投げつけようか。振り向いて中身をぶっかけてやろう。その隙に逃げらるかもしれない。このまま襲われたりするよりマシ。イチかバチか!
私は鞄の中でペットボトルのキャップを外した。痛いほど鳴る心臓を押さえ、深呼吸。次に右手にペットボトルを持ち、勢いよく振り向いた。
お茶をかけなきゃ!そして逃げなきゃ!
しかし、私の右手を真後ろの人物がはしっと掴み、動きを封じた。それに驚くのと同時に、私は相手の顔を見た。至近距離にあるその顔。
「おまえなぁ、あぶねえぞ!こんなに近づかれるまでじっとしてるなんて」
彼が言った。どうしようもなく聞き馴染んだ声で。
「うそ」
それ以上の言葉が出ない。
彼が私の手をゆっくり下ろし、顔を覗き込んでにっと笑った。
「マナカ、久しぶり」
そこにいたのは、有島迅だった。
他の誰でもない、迅本人だった。
ふと、思い出す。この瞬間が一番危ない。後ろから誰かつけてきていたら大変だ。
そんなことを迅に昔言われっけ。迅との会話を思い出して泣きたくなる……。
私はぴたりと、鞄を漁る手を止めた。
後ろで誰かの足音がしたのだ。ずり、というスニーカーがコンクリを擦るかすかな音だ。
ドクドクと早鐘を叩きだす心臓。顔がほてり、反対に手足が冷たくなる。緊張で指先が痛い。
このマンションの住人?ここは10階だ。通りかかるなら同じ階の住人だろうけれど、どうしてそこで止まっているの?足音を忍ばせているの?そもそも我が家は角部屋だ。背後の人物の行先はうちでなければありえない。
どうしよう。すぐ後ろにいる。走って距離をとって、振り返る?いや、廊下も端だ。逃げ場なんかない。どうしよう、どうしよう。
そうだ、ペットボトルのお茶がある。これを投げつけようか。振り向いて中身をぶっかけてやろう。その隙に逃げらるかもしれない。このまま襲われたりするよりマシ。イチかバチか!
私は鞄の中でペットボトルのキャップを外した。痛いほど鳴る心臓を押さえ、深呼吸。次に右手にペットボトルを持ち、勢いよく振り向いた。
お茶をかけなきゃ!そして逃げなきゃ!
しかし、私の右手を真後ろの人物がはしっと掴み、動きを封じた。それに驚くのと同時に、私は相手の顔を見た。至近距離にあるその顔。
「おまえなぁ、あぶねえぞ!こんなに近づかれるまでじっとしてるなんて」
彼が言った。どうしようもなく聞き馴染んだ声で。
「うそ」
それ以上の言葉が出ない。
彼が私の手をゆっくり下ろし、顔を覗き込んでにっと笑った。
「マナカ、久しぶり」
そこにいたのは、有島迅だった。
他の誰でもない、迅本人だった。