「本当のことよ。もっと主体的に生きたら、あなたは上に行けるのに。いつもいつも小さくなっているのが腹立たしいったらないわ」

そう言って母はリビングを出て行った。これ以上顔を合わせたくないし、この家の空気も嫌だったので、さっさと玄関で靴を引っ掛けた。



マンションから出て、雨の中黙々と歩いた。せっかく伯母さんの家に行くのに、苛々したくない。伯母さんはお母さんの姉にあたるけれど、お母さんとは違って優しく陽気だ。どうせなら伯母さんから産まれたかった。そんなこと言えはしないけど。

有島家に向かう道すがら、傘の下に見覚えのあるスニーカーが見えた。顔をあげると迅がそこにいた。

「迅?どうしたの?」

今日来ているなんて知らなかった。ビニール傘をさした迅は、私を見てへらっと笑った。

「編上靴を取りに来た。機動隊時代使ってたやつ」

どうやら、非番を使って荷物を取りに来たようだ。迅の暮らす独身寮はさほど広くもないらしく、制服や隊服は実家に置いておき必要事に持ち出すようにしているみたい。

「西の方、雨がひどいらしいだろ?川の氾濫で取り残されてる人たちもいる。たぶん、激甚災害になるから特別機動隊が招集される。そうなると、俺、呼ばれる可能性高いからさ」
「え、そうなの?」
「機動隊経験あるし、やっぱ若手で活きの良いのから行かされるっしょ。実際、課長にも準備だけしとけって言われてるし」

迅は普段地域課で交番勤務だ。確かに以前も演習だとかで、特別機動隊に呼ばれたことはある。でも、災害救助で派遣されるのは初めてになるかもしれない。