「勘太郎、そんなところにいたの?」
「おや、匂いで気づいたね、このいやしんぼう」

あんことトシさんを一瞥すると、勘太郎はふんふん鼻を鳴らして私に歩み寄ってくる。私は覚束ない足取りを抱きとめるように畳に座り、勘太郎の大きな身体を抱き締めた。

「勘太郎は私が来たのに気付いて出てきたんですよ」
「どうかね。こいつは座敷犬になってからとにかくよく食べるんだよ。おかげで死なないったらないよ」
「憎まれ口をたたかないでください」

私は勘太郎のごわごわの毛並を撫で、頬ずりした。

勘太郎の変化は目覚ましいものだった。死期が近いと思われていたのに、あの嵐を境にぐんぐん体力を戻し、今や家の中なら足を引きずりながらでも歩き回れるようになった。餌もよく食べ、瞳にも精気が戻った。
もしかすると勘太郎は、トシさんを守るために死の淵から立ちあがったのかもしれない。あの土砂の中、トシさんを見つけられたのは勘太郎が探して吠えてくれたおかげだ。

「こいつはね、私の入院中、息子の家で孫たちに甘やかされまくったもんだから、調子にのってんのさ。あんたがぼたもちを丸めだしたら、すぐに寄ってきておこぼれを狙いだすよ」
「勘太郎、甘いのは身体によくないからね。高級なジャーキー買ってきたよ。あとであげる」

私が勘太郎を撫でまわして話しかけると、トシさんが顔をしかめた。

「おお、やだ。あんたまでこの犬を甘やかすのかい?」
「勘太郎は賢いんですから、甘やかしてもいいんです」

私は言いきり、勘太郎から離れ立ち上がる。

「ぼたもち作りますよ。手を洗ってきます」