柔くふにゃふにゃの感触が私の頬に触れる。
迅の右手だった。何度も何度も私の頬をなで、涙を拭おうとしてくれる。
もうあるかないかの感触しか残っていない消えかけた温度。

私を見下ろす迅の瞳は、切なく歪んでいたけれど、そこに先までの苦痛はなかった。
夜明け前の空みたいに澄んで、穏やかだった。

「おまえはひとりで歩けるよ。立派な足を春香おばちゃんからもらってんだ。前を見ろ。俺の背中じゃない。おまえだけの未来を見ろ。そこに向かって歩け」

迅は、けして私を連れて逝ってはくれない。私が後を追うことすら許しちゃくれない。
わかっていた。わかっている。

そして、迅が誰より一番、私の未来を信じている。
今この瞬間、誰より私の幸せを願ってくれている。

私は迅とは逝けないんだ。
逝かないんだ。私がそう決めた。

「迅、迅……私、歩く」
「おう」

迅が切なく、でも鮮やかに微笑んだ。

「迅がいなくても生きるよ。精一杯、生きるよ!」

私の決意の直後に、ふ、と唇に柔らかな感触がした。

驚いて目を開けると、今までで一番近くに迅の顔があった。
かすかな感触は迅の唇だった。