「勘太郎!勘太郎!よかった!」

ぎゅうとその土まみれの身体を抱き締めると、すっくと勘太郎が身体を起こした。ほとんど立ち上がることがなくなっていた勘太郎が立ったのだ。

わん!

はっきりとした鳴き声を初めて聞いた。勘太郎は力強くもう一度わんと鳴き、よろめきながらも土砂のつもった家屋を登り始めたのだ。

「勘太郎、トシさんを探すつもりだ!」

迅が叫び、その後に続く。私も軍手の手に力を込め、梁のような家屋の一部によじ登った。

「マナカは下がっててほしいけど、聞く気ないんだろ?」
「絶対いや。トシさんを助けなきゃ」
「それなら、俺から離れるな」

私の形相に、迅も諦めたようだ。一心に土砂に鼻をくっつけ匂いをたどる勘太郎に、ふたりで付き従った。
消防と警察の車両の音が遠くから聞こえる。だけど、そんなのを待っていられない。

トシさん、こんなところで死なないで。
せっかく知り合えたのに。ちょっとだけ仲良くなれたのに。
こんなお別れ、絶対に嫌だ。

冷たい雨の感触も、身体を煽る暴風も、二次災害の恐怖も、私にはなかった。
トシさんを助けたい。
それしかない。

そして、私の目の前にはそうして生きてきた迅がいる。
迅はずっとずっと、こうして他人のために生きてきたのだ。きっと、その命が尽きる瞬間まで。
死んでまでなお、こうして他者を助けるために必死になっている。

私も、迅みたいになりたい。
迅みたいに生きたい。
私は有島迅になりたい。

そのとき、勘太郎がわんわんと激しく鳴き出した。
土砂と家屋の狭間、おそらくは台所があったあたりで吠えている。

「マナカ!」
「うん!」

機材もない。シャベルもない。私は積もった土砂を手で掘り始めた。
わずかに露出した家屋の材木を迅が押しのける。少しだけ隙間ができる。