「あなたたちはここで避難してなさい!」

おばさんに言われ、私が首を振る前に迅が走り出していた。

「ちょっと、あなた!駄目よ!」
「大丈夫です!」

迅の叫ぶ声に私も飛び出した。おばさんの制止の声を振り切り、倒壊した家屋に駆け寄る。

「マナカ!おまえは下がれ!俺は死んでるからいいんだ!」
「迅ひとりじゃ無理だよ!絶対に下がらない!」

私は怒鳴り返し、軍手を手にはめた。
いつ再び土砂崩れが起こるかわからない。そのときは私も巻き込まれるだろう。だけど、このまま見てなんかいられない。一分一秒を争うときなのだ。

「勘太郎!勘太郎―――っ!返事して!」
「トシさん!どこだ!?」

ふたりで叫びながら、縁側だった部分に飛びつく。よごれた材木になってしまった家屋は幾重にも層になっている。必死にその中を覗き込み、声を張り上げた。

「トシさん、勘太郎!!」

そのときだ。
くうんと鼻を鳴らすような声が奥から聞こえた。
私が顔をあげると、迅が頷いた。迅にも聞こえていたようだ。

「ここだ!」

迅は言うなり、大きな壁の破片を両手で持ち上げずらした。暗い木材と土砂の合間に茶色の毛並の前足が見えた。勘太郎だ!

「勘太郎!今助けるからね!」

迅は勢いよく、またすごい力で障害になっている家屋の破片を退けていく。
不安定な足場が何度も崩れ、体勢を崩しながら、必死に活路を作る。
私は精一杯腕をのばし、勘太郎の上にある折れた柱をずらした。勘太郎の顔が見えた。もう少しずらすと、全身が見えた。

勘太郎は無事だ。ちょうど空間になったところに閉じ込められていたのだ。
迅が柱を押さえている間に私は渾身の力で勘太郎を引きずりだした。勘太郎も必死に手足を動かし、土砂の中から這いだしてくれる。
火事場の馬鹿力というやつだろうか。老年で痩せたとはいえ30キロ以上ある勘太郎をひとりで土砂から引き上げることができたのだから。