雨はバケツをひっくり返したようなひどさだった。風はあらゆる方向から吹き付けてくる。
時折、飛んできた小枝が頬や腕にぶつかった。かまっている余裕はないので、一心不乱に進んだ。

嫌な予感はどんどん強くなる。トシさんの家に向かう道すがら、不安で胸がつぶれそうになる。どうか、迅の勘がはずれていますように。

トシさんの家までの農業車優先道路に入り、前も見えない雨の中、遠くから人の声が聞こえてくる。
悲鳴や怒号に近い声がいくつも重なっている。けぶる視界に数人の人が見え、その次に信じられない光景が飛び込んできた。

「迅!」

私は泣きそうな声で叫んだ。

「まずい」

迅が短く呟く。

数人の人が右往左往する向こう、見慣れた門扉の先にトシさんの家はなかった。
裏の山肌が土砂崩れを起こし、トシさんの家はほぼ押しつぶされていた。土砂は家の半分を飲み込み、野菜売り場まで達している。残り半分の家屋の部分も勢いよく押し寄せた土砂でぐしゃぐしゃにつぶれている。室内には土砂がながれこんでいるかもしれない。

「お孫さん!」

駆け寄る私たちに叫んだのはお隣のおばさんだ。昨日、野菜を買いに来て顔を合わせたばかりだ。

「トシさんのお孫さん!トシさんはそっちに行っていないんだね!?あなたたちと一緒じゃないんだね!?」

私はそのときはじめて、トシさんが私と迅を周囲に孫だと説明していたことを知った。

「いえ!いえ、トシさんは……」

やはりこの土砂の中なのだ。勘太郎と一緒に。

全身に震えが走った。
いや、いやだ。トシさんが、死んでしまう。こんな土砂に押しつぶされたら。

「今、消防と警察を呼んだぞ!」

近所の男性とおぼしきおじさんが叫び、他にも数人の年嵩の男性が様子を見に来ている。