ふと、迅が無表情になった。

そして、次の瞬間だ。どおんと遠くで地鳴りのような音が響いた。

なんだろう、今の音は。雨と風の音の向こうから聞こえた。
ざっと迅が立ち上がった。

「勘太郎が鳴いてる」
「え?勘太郎が?」

トシさんと勘太郎の家までは徒歩20分の距離だ。足腰の衰えた勘太郎が嵐の中やってくるとは思えない。でも、なおも迅は言う。

「勘太郎の声が聞こえる!」
「私には、聞こえないよ、迅」
「俺、トシさんの家に行ってみる。何かあったのかもしれない」

背筋が冷えた。迅は幽霊だ。魂の存在だ。その迅が何か気づいたなら、それは間違っていないのかもしれない。さっき遠くで響いた轟音が嫌な予感になって、ひたひたと心を不安で埋める。

「迅!私も行く!」
「駄目だ!マナカはここにいろ」
「嫌!絶対に行く!」
「見てくるだけだ」
「見てくるだけじゃ済まなかったらどうするの!?トシさんと勘太郎に何かあったら……。私も絶対に行く」

言い切ると、私は勝手にレインコートを出してきた。台風の備え用に買った上下のレインコートだ。下はズボンになっている。
迅はきっと濡れても意味がないだろうけれど、一応、上だけのビニールのレインコートを放る。

私がひく気がないと気づいた迅は、それ以上何も言わなかった。自分もレインコートを羽織ると、スニーカーを履く。私はひいおばあちゃんが履いていただろう古い長靴に足を突っ込んだ。少しきついけれど履ける。念のため、軍手もポケットに入れ、傘は置いて行くことにする。きっとこの風じゃ役に立たない。

「マナカ、危ないところには来るなよ」
「わかってる。自分のことは自分で守れるようにする」

私と迅は雨の中を走り出した。トシさんと勘太郎の家に向かって。