雨は一晩降り続いた。朝方には風雨が強くなり、スマホの天気アプリには大雨洪水警報と土砂災害警戒警報が入った。薄暗い早朝、外は激しい雨の音。
室内の電気をつけようとしてつかない。停電しているようだ。

「市役所や消防の車が放送かけながら回ってるな」

迅が音を聞きつけ立ち上がる。
危ないから出なくてもいいと言ったのに、外に出て確認してくると言う。すぐに戻ってきた迅は見た目はびっしょりと雨に濡れていた。

「停電してるっつーのと、河川に近づくなっつー放送。避難指示の地域もあるみたいだな。うちもトシさんちも範囲外だけど」

避難指示は大きな川に近い地域に出ているらしい。今年は春先の雨で都内でも何度も冠水しているし、短時間で川が氾濫する雨が降りやすいのかもしれない。

「こんなこともあろうかと」

迅は準備しておいた懐中電灯を灯りに、電池式のラジオ持ってくる。

「スマホも充電切れたら終わりだしな。情報源情報源」

びしょ濡れだった迅は、何もしていないのにこの頃には服も髪も乾き、いつもの格好に戻っていた。
便利な幽霊だと言うと、得意げに笑う迅。
本当は、少しずつ薄れて行くような存在感に不安を覚えていることは言わない。

台風は足が遅いらしい。昼頃ようやく神奈川県に上陸したという報が入ってきた。一度海上に出たせいか勢力は弱まっていない上、大きな雨雲を連れているので広範囲で長時間強い雨が降るというあまり嬉しくない情報がラジオから流れてくる。
小さな平家を揺する風も暴風というレベルで大きな音が鳴るたび、私は首をすくめた。

トシさんの家は平屋でも、この家よりずっと大きい。屋根も修繕しているし頑丈だろうから、快適に過ごせているはずだ。
嫌がられてもトシさんの家で勘太郎と三人と一匹で過ごした方が快適だったかな、なんて一瞬頭を過る。

「雨、すごいね。風も」
「なんだよ、心細い?」