「トシさん、ひとつつまみ食いしちゃダメですか?」
「おや、都会っ子は水で洗わなきゃ食べらんないかと思ってたよ。好きにしな」

私は採りたてのミニトマトを口に運ぶ。ぷちゅっと口の中で潰れたトマト。甘くて酸っぱくて、スイーツよりずっと幸せな味。

「美味しい。いつも美味しいけど、畑で食べるともっと美味しい」
「たった今までそこにくっついてたもんだからねぇ。畑の栄養が逃げる余地がないのさ」

トシさんが言ってから、まじまじと私の顔を見つめる。背の低いトシさんが下から睨むように見てくるとちょっと怖い。

「あんた、顔色よくなったね。ほんの何週間かだけど。少し太ったようだし」
「え?太りましたか?」

私は慌てて自分の身体を見下ろした。確かにこっちにきてから、真面目に自炊をしている。ごはんや肉魚の摂取量はたいして増えていないけれど、トシさんからもらった野菜は毎日大量に食べるので胃は大きくなった気がする。
毎日買い物やトシさんちに通うから、以前より脚に筋肉がついたようにも見える。ふとももは太くなった。

でも、便秘がちだったのが治ったのは、野菜の繊維と歩き回っているせいだろう。登山にチャレンジできる程度に体力は少しついたし、野菜の料理レパートリーは増えた。
トータルで見たら、悪いことよりいいことの方が多い気がする。

「いいんだよ。食べることで人は生きていくんだ。しっかり食べて、必死に働いて……死ぬまでそうして生きるんだ」

トシさんはミニトマトをすいすいもぎながら言う。

「あんたの人生はあと80年続くと思いなさい。あのあんちゃんがいなくなったあともね。残されるもんはどうあっても生きていかなきゃいけない。そのために食べて働くんだよ」

ハッとした。迅がいなくなったあとのこと。
私はどうやって生きていくのだろう。

わかってる。迅がいなくても私の人生は続く。
この日々はその覚悟を決めるための時間だったはずだ。