「涼しくなったなぁ。やっぱ、山だからかな」

迅は縁側にあぐらをかいてそんなことを言う。トシさんの家の縁側よりささやかで低いこの家の縁側は迅ひとりが座るともういっぱいだ。

「マナカがそうめん食っちゃったら、夕涼みしよう」
「うん、いいよ」

私は迅の背中を眺めながら、ちゃぶ台でミョウガとネギのたくさん入ったそうめんを食べた。トシさんにもらった小茄子のつけものも小鉢で並べる。
カナカナとヒグラシが鳴いた。扇風機はいらないくらい夕方の風は涼しい。
なんとなく話を引き延ばしたくてゆっくり食べたけれど、ひとりの食卓はあっという間に終わってしまった。食器を片付け、麦茶のグラスを持って迅の横に座る。
ヒグラシはずっと鳴いている。物悲しい声で、暗くなり始めた空に向かって。

「風、気持ちいい」
「な、東京じゃこうはいかないよなぁ」
「虫が少ないと最高なんだけど」
「無茶いうなよ、山だぞ」

それから私たちはしばらく黙った。夕暮れの風は強くなり始め、太陽の残光が塀の向こうに消えていく。あたりは薄暗かった。一番星は迅が言うには木星で、もう空の隅に見えていた。
迅の身体は全身が透けている。触れればクラゲかゼリーのように頼りない手触りだろう。そして、その感触すらじきになくなってしまう。

「このままでいたい」

迅から何かを切り出されるのが怖くて、私が先に口を開いていた。

「ずっとこのまま、迅とこうして暮らしていたい」

精一杯の気持ちに、迅が私の方を向くのがわかった。私自身は迅を見られず、暗い空を睨んでいる。

「……気付いてるだろ?俺の身体、透けるのが早くなってる」

迅は静かに落ち着いた声音で言った。

「最初は夏至以降の日没時間の変化が関係してんのかって思ってたけど、今じゃ日が落ちるよりずっと早く指先から透け始めてる。マナカには言ってないけど、真夜中なんてもう透けてすらいないんだぜ。自分の両手見ても何も見えない。実体がなくなってるって感じ。マナカから見ても俺は見えないんじゃないかな」
「え、……そんな」

初めて聞く話だった。迅は、おそらく私より先に自身の身体の変化に気づき、推移を見つめ覚悟を決めていたのだろう。