猿沢池についたころには、作務衣はところどころ雨で濃い色に染められていた。

「早く行かなくちゃ」

商店街の真ん中にあるスーパーまではあと少し。

猿沢池のほとりを急ぎ足で歩いていると、池を打つ雨の音が聞こえた。

雨はいつも音が違う。

和豆さんのお寺にいるときは、さらさらと聞こえていた音も、ここではバラバラと耳に届いていた。

足を止めたのには理由がある。

それは、前方にカサもささずに立っている人がいたから。

若い女性が雨の中、ぼんやりと池を見ている。

……カサがないのかな。

長い髪を濡らしている横顔は、悲し気な表情を浮かべているように見えた。

声をかけるべきか迷ったけれど、このままじゃ三時までに店に戻れない。半ば小走りのようにしてスーパーに向かった。

商店街にはたくさんの人がいたけれど、さすがに地元のスーパーに観光客はいないようだった。

カゴを手に、言われた品々を吟味していると、

「詩織ちゃん」

声がして振り向いた。

今日もしっかりとメイクをした園子ちゃんがオレンジ一色の雨がっぱ姿で立っていた。

「あ、園子ちゃん」

最近はちゃん付けで呼ぶことにも抵抗がなくなっていた。

うちで朝ごはんを食べたあと買い物をしてからご出勤、ってとこだろう。さっきお店で見たときより一層、いや二層くらいはメイクが濃くなっている。

「なんや。今日はえらい遅いな」

「そうなんですよ。急がないと残業になっちゃう」

レタスを裏返してヘタの白いものを選びながら答える。買い物をするたびにダメ出しが続いていたので、さすがにしっかりと選ぶようになっているこのごろ。

「それじゃあ急がんとな」

と、言いつつ園子ちゃんはまだ話し足りないようでその場を動かない。私って、話しかけやすいタイプなのだろうか?

「そうや、詩織ちゃん。この間、穂香ちゃんのこと聞いてきたやろ?」

突然その名前が出てびっくりした私は、

「ああ」

曖昧に答えて次の野菜を探すべく移動する。

先月、穂香さんが妹だと聞いた。そして、『雄也が店をやっているのは穂香さんのためだ』とも。

その話の続きは聞いていない。園子ちゃんとふたりきりになる機会がなく、そもそも雄也には聞けるわけないし。

触れてはいけない情報のような気がしていた。

「その話はいいんです」

「なんで?」