「あなたにはあなたの役割があるのよ。向上心は大事だけれど、あまり焦らずにやりなさいよ」

「あ、はい」

素直にうれしかった。和豆さんのやさしさが心にまっすぐに届いた気がしたから。

住職というだけあって、和豆さんはこうして私がほしい言葉をくれる。だから、つい長居してしまうのかもしれない。

ふと、和豆さんという人物に興味を覚えた私は、

「和豆さんはどうしてこの仕事についたのですか?」

と、聞いた。

素直な質問に、和豆さんは「まぁ」と、少し上を向いた。

「あたしなんて跡をつがされた、ってやつよ。親父が急に死んじゃってね、血縁であるあたしに番が回ってきたの」

「それでもよくやりましたね」

オカマなのに。

言いかけた言葉をジュースで飲みこむと、

「もちろん初めはイヤイヤだったわ。だけどね、ここにいるとなんだか落ち着くのよ。仏様とだけじゃなくて、自分とも向き合える気がするの。それにね……」

妙にもったいつけて薄笑いを浮かべる和豆さんにギョッとした。

「それに……?」

「わたし、霊感があるみたいなの。幽霊が見えるのよ」

「幽霊? それって、あの幽霊?」

「他にどんな幽霊がいるのよ。だから、この職業が天職だと思って」

冗談かどうかわからないことを平然と言う和豆さんは、宙を見上げて口元に笑みを浮かべた。

「もうひとつ言えば、ここには雄ちゃんもいるし」

「雄也がなにか? ああ、ごはんですか?」

昼ごろに差し入れする朝ごはんを楽しみに待っている、ってことか。たしかに食費は浮くしね。

ひとりで納得していると、

「おいしそうじゃない」

さっきよりも低い声で和豆さんは言った。

おいしそう? 朝ごはんはいつも食べているから『おいしいじゃない』の間違いでは?

目が合うと、和豆さんはふにゃ、と顔から力を取り去って恍惚の表情になる。

「雄ちゃんってさタイプなのよね。どんな味がするのかしら」

ぐふふふ、と男の声で笑う和豆さんがまるで化け物のように見えたのは内緒にしておこう。



奈良町通りに出ると、雨はいよいよ本格的に激しくなってきていた。

観光客の姿はちらほらとしかいない。古い町並みが続くならまちには、雨の日のほうが風情がある、と勝手に私は思っている。

濡れた柱や、イチョウの木ですらもおごそかな雰囲気を醸し出しているように見えるからだ