顔をくしゃくしゃにゆがめてお母さんは言う。

「わからない。わからないよ」

「……なんで? どうして謝るの?」

「まだわからないのか」

そう言った雄也が夏芽を見るその目はやさしげだった。

「え?」

目じりを下げたまま、雄也は口を開く。

「お前の記憶にいるお父さんは、ここにいる河村さんなんだよ」

その言葉に、時間が止まったような気がした。

ぽかん、とする夏芽ちゃんと同じように私もあまりの衝撃に動けずにいた。

お父さんが、河村さん?

「え?」

ようやく口を開いた夏芽ちゃんも、冗談だと思ったのか首をゆるゆると横に振る。

「やめてよ、そういうの笑えない……」

雄也に聞いてもムダだと思ったのか夏芽ちゃんがお父さんのほうを見ると、肩から手を離したお母さんが目を閉じた。

「夏芽ちゃん」

低音の声は、河村さんの口から発せられていた。

「店主さんが言ったのは本当のことなんだ」

「え?」

「あの日、きみと奈良公園に行ったのは、僕なんだよ」

まっすぐに夏芽ちゃんを見て、河村さんは言った。

「ウソ……。だって、本当のお父さんは……?」

「あなたのお父さんとは離婚してから一度も会ってないのよ。どこでどう暮らしているのかすら知らない」

目を閉じたまま苦しそうにお母さんが言葉を絞りだした。

「でも、でもっ」

そこまで言ってから、夏芽ちゃんは河村さんを見た。

ふたりの視線が重なる。

「……なんで河村さんが?」

目を逸らさずに河村さんは口を開いた。

「僕とお母さんが出逢ったのはもう十年以上前のことなんだ。そのころ、きみはまだすごく小さかった」

静かに話す言葉に、私は唖然とするしかなかった。

「ずいぶん前に離婚したせいで父親を知らないきみは、僕のことを本当のお父さんのようになついてくれたんだよ」

そっか……。

ふたりがそれくらい前からつき合っていたなら、夏芽ちゃんは河村さんのことを本当のお父さんだと勘違いしても無理はない気がした。

夏芽ちゃんはまだ理解できないのか、きょとんとした顔のまま。

「じゃあどうしてあの日を最後にいなくなっちゃったの? あのままそばにいてくれたら、こんな記憶の間違いもなかったのに」

すると、河村さんとお母さんがまた目を合わせてから黙ってしまった。

押し黙るふたりに、雄也が援護する。