「どうか、話をしてください」

「でも」

「話をして、それでも解決しないなら仕方ないと思います。だけど、やっぱり雄也……店主の言うように気持ちを伝えなくちゃはじまりません」

視線を落とした夏芽ちゃんが、湯呑を両手で包んだ。

何度か呼吸を大きくして、やがて彼女は話しだす。

「……あたし、お母さんが好き」

ハッとしたお母さんが夏芽ちゃんを見た。

「お母さんには幸せになってほしいと思ってるよ。それに、河村さんもいい人だと知っているから」

「夏芽……」

「でも、できない」

つぶやくように言ってから、夏芽ちゃんはお茶をひと口飲んだ。

「……だって本当のお父さんに悪いから」

絞りだすように口にした夏芽ちゃんの目に涙が浮かんでいた。

河村さんはなにも言わずにじっとその顔を見つめている。

「たったひとつしかないお父さんとの思い出。奈良公園で食べたお弁当、最後の言葉」

うまくまとまらないのか、短い言葉で言う夏芽ちゃんが息をついた。

「お父さんは言ったの。『夏芽が大きくなったら、きっとまた会いに来るから。それまで忘れないでいてくれ』って。だから、ずっと待っているの。それがそんなにいけないことなの?」

お母さんが河村さんを見た。その目がなにかを言いたがっているように思えたけれど、河村さんが首を横に振るので、また視線を戻した。

雄也が言葉を発しないので、

「それはお父さんに対する罪悪感から?」

と、尋ねると夏芽ちゃんは唇をかんだままこくり、とうなずいた。

「お母さんと河村さんが結婚するのはかまわない。でも、あの日の約束があるから……お父さんを裏切るみたいで、だから……」

夏芽ちゃんの頬から涙がこぼれ落ちる。

「私が新しい家族を受け入れたら、きっとお父さんは悲しむよ。あの日の約束を忘れてしまった、って思われて、二度と会えなくなる」

静かに泣く夏芽ちゃんを見るふたりの表情が、同じように悲しみに彩られてゆくよう。悲しみはたとえ共有しても軽くなるどころか、そのぶんもっと重くなってしまうんだ、と思った。

「できたぞ」

雄也の声に意識を彼に戻すと、お盆の上には朝ごはんが完成していた。

けれど……。

「え、これって……」

そこにあるのは三つのお弁当箱だった。

黒いプラスチックの蓋は閉められていて、中身は見えない。

三人の反応も私と同じだった。