「……言ってるし」

ぶすっとした夏芽ちゃん。

その瞳が私を見た。その気持ちに同意したいけれど、それじゃあなにも解決しない。

「この間、私に教えてくれたこと、それを伝えるべきだと私も思います」

意外な返答だったのだろう、

「詩織ちゃんまでひどい」

ますます不機嫌に拍車をかけた夏芽ちゃんは、カウンターに突っ伏してしまった。

それを助けたのは河村さんだった。

「朝からこんな話やめませんか? なぁ?」

右側に座っているふたりに向かってそう言うが、お母さんも夏芽ちゃんも反応しなかったので寂しそうに鼻から息を吐いた。

結局、うまくかみ合わないんだ。

それぞれが抱えている悩みや思いは、けっして交わることはなくただ沈黙に変わってゆく。

コトコトと弱火で煮られている小鍋からの音だけが聞こえた。

誰もが相手の動向を意識しながらも、なにもできない時間が続いている。

沈黙を破ったのは、雄也だった。

「失ってから気づくこともある」

夏芽ちゃん以外の視線が向く中、雄也は鍋の蓋を取って白い煙にぼやける。

「俺には妹がいる」

笑顔で言う雄也はすごく幸せそうに見えた。

けれど、その表情は一瞬で変わる。

「だけど、今はいない」

静かな口調なのに、それはなぜか痛みを含んでいるように思えた。

「そばにいるときにもっと気持ちを言葉にすべきだった、と今ならわかる。失くしてからだと遅すぎるんだよ」

ゆっくりと顔を上げた夏芽ちゃんが不思議そうな顔をする。

その目を見つめた雄也の瞳が、悲しみ色に染まった気がした。

「だから、言いたいことをこらえずにちゃんと言葉にしたほうがいい」

それだけ言うと、雄也は私に、

「あとはまかせた」

と言って料理を続けた。

そんなこと言われても、私だって衝撃を受けている真っ最中なのに。

雄也が妹の穂香さんのことを自ら口にしたのは初めてのこと。やっぱり彼も後悔の途中にたたずんでいるんだ、とわかった。

雄也は自分がしてきたことを悔いながらも、ここに来る同じような悩みを持つ人を助けたい、と思っているのかもしれない。

苦しさや悲しみをここに置いて、・新しい一日・を元気で過ごしてほしい。

そう思っているのだろう。ぶっきらぼうだけど、彼はやさしい人なんだ、と思った。

なんだか泣きそうになりながらも私も夏芽ちゃんに言う。