なんだか、切なくて言葉が出なかったけれど、ふたりが押し黙っているので、ここは私が話題を振らなくては。

「夏芽ちゃんはきっとおふたりの気持ちはわかってくれていると思いますよ。ただ、素直になれないだけなんです」

「そうでしょうか」

曇り顔のお母さんに対して、「そういえば」と、河村さんが目を細めた。

「風疹の予防接種の日のことを覚えていないか?」

「予防接種……」

落ちこんだ顔のお母さんがぼんやりと視線を漂わせた。

「あの日も散々泣きはらした顔をしていたのに、『ちっとも痛くなかった』なんて強がっていたよなあ」

「ああ、そんなことあったわね」

気持ちが少しほぐれたのか、お母さんも思い出したように笑った。

雄也の動きに違和感を覚えたのはそのときだった。

「ん?」

小さく声にしてから手元を観察する。今日のメニューは鯖の醤油煮と切り干し大根だったはず。

なのに、雄也は小さなおひつをふたつ取り出してそこに炊飯器の中のごはんを移している。

じっと眺めていると、

「用意して」

と、合図をされたので副菜を盛りつけてから味噌汁をついだ。

鯖の醤油煮も置かれ、あとは白米を盛りつければいいのだけど、雄也はなぜかおひつに入ったごはんをお盆の中央にセットしたから驚く。

「お出しして」

短く言ってくるけれど、なんでお茶碗にごはんを入れないのだろう?

とまどう私に雄也は、

「複雑な話こそ、案外簡単なことなのかもしれない」

そう言って私に黒いお盆を差し出した。

「どういう意味?」

聞いても答えてくれないので、それぞれの前にお盆を置いた。

河村さんが、

「ほう、鯖ですか」

とニコニコと魚を眺めている。

「でも、これって……」

お母さんが困った顔をするのも無理はない。真ん中で主張しているのが、湯気をもうもうとたてているおひつに入ったごはんなのだから。

すると雄也は、ふたりの前に陶器の皿を置いた。海苔と、梅干、おかかが配置されている。

これってひょっとして……。

「はい、どうぞ」

次に雄也が差し出したのは、透明のビニール手袋だった。

とまどいながら受け取るふたりに、雄也は言った。

「これでおにぎりを作って食べるといい」

その顔にはなぜか笑顔が浮かんでいた。



ゴールデンウィークはお店も定休日が続く。