前髪から落ちるしずくが、小雨の中、光を反射してキラキラ光っていた。

「でも、あのとき『怖い』って言っていたのは、どういう意味だったんですか? 素直に受け入れられないのは、お母さんがとられちゃうような気がしているからとか?」

「まさか」

間髪入れずに「あはは」と笑った夏芽ちゃん。話をしているうちに少し落ち着いてきたようで安心した。

「そんな子供じゃないもん」

「じゃあ、なにが怖いんですか?」

尋ねる私に、夏芽ちゃんは視線を公園に向けた。

「あたし、本当のお父さんを忘れてしまうのが怖いんだと思う。たぶん……思い出が邪魔してるんだよ」

「思い出が……あ、この間言ってた『おにぎりの思い出』ですか?」

そうだよ、とうなずく夏芽ちゃん。

「たしか、小さいころに奈良公園で本当のお父さんとおにぎりを食べたんですよね?」

「……ひとつだけ覚えているのはここの景色なんだ」

そう言って辺りを見回す夏芽ちゃんが、なつかしむように目を細めた。

「ここ、って……この公園のことですか?」

「そう。たぶん小学校一年生くらいのころだと思うんだけど、ここに来たみたい。離婚したのは私が赤ちゃんのときらしいから、たぶんそれくらいまでお父さんは会いに来てくれていたんだと思う」

雨が、今上がったみたい。

さっきまでの土砂降りがウソみたいに、晴れ間が芝生をスポットライトのように浮かびあがらせている。

「お父さんの顔はいくら考えても思い出せないんだけどね。だけど、大きくて太い腕に抱き上げられたことと、あの異様に大きくて、ヘンな形のおにぎりは覚えているの」

こんなうれしそうに笑う夏芽ちゃんは初めて見た。

私も少しほほ笑んだ。忘れてしまったお父さんの記憶。だけど、ひとつでも覚えているなら、永遠に心で思い出は輝くだろうから。

「思い出の中のお父さんは最後に私に言ったの」

そう言った夏芽ちゃんの顔はさっきの天気みたいにまた悲しく変わる。

「『夏芽が大きくなったら、きっとまた会いに来るから。それまで忘れないでいてくれ』って」

絞りだすように言う夏芽ちゃんの顔が悲しくゆがんでいる。

「たぶんそれが最後に会った日なんだろうね。幼いころの記憶でも、大事なことだ、ってわかったんだ。だから覚えているの」

そう言ってから夏芽ちゃんは、

「だから今でもたまにここに来るの」