言葉を切りながら言う夏芽ちゃんは、手のひらで鼻をぬぐう。細い手首には、もう絆創膏は貼っていなかったのでホッとした。

「助けたかったんです」

「助けたかった?」

不思議そうな顔に力強くうなずいた。

「私、これ以上、夏芽ちゃんが暴力を振るわれているのをほおっておけなかったんです」

力んで大声で言うと、夏芽ちゃんは一瞬間を置いてから声をあげて笑った。

「なにそれ。詩織ちゃんておもしろい」

「え? 私なにかヘンなこと言いました?」

きょとんとして尋ねると、

「だって暴力なんて振るわれてないよ」

と、さらに笑う。

「でも、この間『怖い』って言ってたし。それに、手首の傷も」

私の言葉に……夏芽ちゃんの顔はゆっくりと泣き顔に変わっていったかと思うとうつむいた。頬にあるのは雨じゃなく涙だとわかる。

やはり、暴力を?

「違うの。そうじゃないの」

ひょっとしたらかばっているのかもしれない。虐待されている子は、どんなに傷つけられても親をかばうこともあるらしいから。

「ちゃんと話してください。私にできることがあれば協力しますから」

「どうして?」

「だって、夏芽ちゃんに・新しい一日・を過ごしてほしいからです」

背筋を伸ばして言った私に、夏芽ちゃんは鼻をすすった。

「それ、いつも言ってくれてるもんね」

「はい。毎回、心から思っています」

ならまちはずれのあの店に悩みを置いていってほしい。雄也の思いに自分もいつしか同調していたんだな、と知った。

しばらく迷ったような表情をしていた夏芽ちゃんが、やがて、

「本当はあたしだってお母さんの幸せを願っているんだよ」

と、言葉を落とした。

「でも、あんなひどいこと」

「あれはあたしがお母さんを怒らせちゃったから。あんなこと初めてだよ」

と、否定してから「それに」と続けた。

「新しいお父さんもいい人だってことはわかっているんだ」

……あれ? 暴力は? 本気で言っているらしい夏芽ちゃんに、とまどった。私の想像とはずいぶん違う展開だった。

「じゃあ、本当に暴力は振るわれてないんですね?」

「うん。ふたりが夫婦になることは反対してなんかいないのに、素直になれないんだよ。口を開けばさっきみたいにイヤなことばっか言ってる。そんな自分が情けないの」