だけど、このままひとりにさせたくなかった。

やがて息が切れて走れなくなる。雨が服に染みこんでどんどん重くなってゆくようだ。

それでも必死に捜した。

どんな服を着ていたのか覚えていない。驚くことしかできなかった自分が情けなくてたまらなかった。

興福寺に続く歩道の右側に芝生が広がっている。雨の奈良公園には鹿もおらず、芝の緑がただ続いていた。

その真ん中にあるベンチに、夏芽ちゃんが座っていた。

泣いているのだろう。

身動きひとつせず、体を小さくして前をにらむように見ている。息を整えながら、芝生に足を踏み入れた。

こんな広い公園では、夏芽ちゃんの小ささが際立っているようで悲しくなった。

たくさんの雨が夏芽ちゃんの頭で、肩で跳ねている。

「夏芽ちゃん……」

声をかけた私に、夏芽ちゃんは「ひゃっ」と短い悲鳴を上げたかと思うと、すぐに中腰で逃げ出す態勢になった。

それから、私を確認すると少しだけ表情を緩めた。

「詩織ちゃん……」

笑おうとして、だけどうまく表情にできない夏芽ちゃんは、あきらめたように視線を下げて座りなおす。唇が細かく震えている。

おでこに張りついている前髪をそっとなおしてあげてから、

「大丈夫ですか?」

そう尋ねた。

「詩織ちゃんこそ大丈夫なの? さっき、たたかれちゃったんでしょう?」

顔をゆがめた夏芽ちゃんに、

「平気です。全然痛くなかったですから」

そう言うが、雨に負けている声で「そう」とうなずくだけ。

「ここ、座っていいですか?」

指でベンチを指すと、夏芽ちゃんは少し横にずれてくれた。

お尻をおろすと、冷たい水の感触。気にせずにそのまま横を見る。

「大丈夫ですか?」

二度目の質問に少し笑ってから、

「どうかな」

と、夏芽ちゃんは言う。

「ですよね」

あんなことがあったんだもの、大丈夫なわけがない。

「ヘンなとこ見られちゃったね」

雨の音に負けそうな小声で自嘲気味に言う夏芽ちゃんに、

「あんなところで会うとは思っていませんでした」

正直に答えた。

いつしか、雨は小降りになったようだ。遠くに小さく青空が見えていて、やがて天気が変わることを知る。

「どうして、さっきは、助けてくれたの?」