乾いた音が聞こえたのと同時に、頬に痛みが走った。

恐る恐る目を開けると、唖然としたお母さんの顔が目の前にあった。

振り上げた手が宙で止まっていた。

私、たたかれたんだ……。

「え?」

きょとんとした声の夏芽ちゃんが私の顔を確認した。

「……なんで詩織ちゃんがいる、の?」

目を見開いた夏芽ちゃんがハッとして「まさか、私の代わりに……」

と、つぶやいたかと思うと、震えを全身に伝染させてゆく。

「お母さんが、たたいた……の?」

「おい、なにやってんだ」

その声を出したのは、奥にいる新しいお父さんと思われる男性だった。

ハッとした顔のお母さんが自分の手のひらを信じられないというふうに見た。

このままじゃ夏芽ちゃんがまた責められる。私にできることはなに?

とにかく夏芽ちゃんがこれ以上悲しまないようにしたい。

「夏芽ちゃん逃げて!」

私が叫ぶと、目に涙をいっぱい浮かべた夏芽ちゃんは少しずつ後ずさりしていく。

周りの人も何事かと集まってきていた。

「早く!」

私の声に、夏芽ちゃんがその場から立ち去る。

「夏芽!」

お母さんの叫ぶ声にも夏芽ちゃんは振りかえらない。

私はふたりに体を向けるとその目を交互に見た。いや、にらんでいた。

ようやく私の存在に気づいたのだろう、お母さんははたから見てもわかるくらいに動揺しだした。

「あ……私、ああ。ごめんなさい……」

謝りながらがっくりと肩を落とした。

「自分の子供に暴力を振るうなんてどういうつもりですか?」

「え?」

聞きかえすお母さんが顔を上げると、見物人がざわざわとしだす。

「あなた……誰? 夏芽をご存じなの?」

うなだれた様子だけれど、きっと彼女も夏芽ちゃんに暴力を……。ムカムカした気持ちのまま、

「これ以上、虐待をするなら警察へ言いますから!」

大きな声で言うと、迷うことなく私は雨の町へ飛び出していた。

ザーッという音に包まれながら、必死で夏芽ちゃんの背中を追う。すぐに髪も服もびしょ濡れになったけれどどうでもよかった。

「夏芽ちゃん!」

叫んでも距離があって声は届かない。一心不乱に駆けてゆく背中がすぐに人に紛れて見えなくなった。

ゆるやかな上り坂。カサの波をかきわけ、それでも必死で追いかけた。

捕まえてどうするかは考えられなかった。