「なんだ来てたのか」

入口から雄也がひょっこり顔を出したのであわてて口を閉じる。

「遅いやん。早く朝ごはん食べさせてーや」

ホッとしたように園子ちゃんは文句を言う。

「ああ」

そう言ったあと、雄也が私を外に手招きした。

「野菜洗ってくれ」

「はい」

戸の外に出て、両手に抱えた野菜を受け取ると、そのままベンチの横についている蛇口から水を出す。

冷たい水でほうれん草、そして絹さやを洗った。袋に入っていないところを見るとまた誰かにもらったのだろう。私にできる数少ない仕事のひとつだ。

しっかり洗ってから備えつけの竹かごに入れて店内に戻る私に、

「わざわざ外で洗わせるんかいな。雄ちゃんは綺麗好きやな」

園子ちゃんがイヤミっぽく言うと、雄也は「は?」と眉間にしわを寄せた。

「綺麗好きとかそういう問題じゃない。飲食店に食中毒は命取りだろうが」

「食中毒ってなんで?」

「えっとですね」

きょとんとしている園子ちゃんには私から説明をする。

「土には大腸菌が含まれているので、それを厨房に持ちこむのを避けているわけです」

同じ質問をしたときにあきれた顔で説明された内容だ。雄也は肯定するわけでもなく淡々と調理にとりかかっている。

「まあそれだけしっかりお店を切り盛りしてるってわけやな」

ガハハとまた笑った園子ちゃんは、出された食事を驚くほどの速さで食べ終わると、お茶をガブガブ飲んで世間話をしだした。

途中で雄也がタオルを洗いに奥に引っこんだので、またふたりきりになる。

さっきの質問の続きは、さすがにできない。

厨房の奥には雄也の居住スペースがある。お店用の洗濯機はすぐ裏にあるし、いつ顔を出すとも限らない。

と言うか、さっきの園子ちゃんの反応がおかしかったことで、何気ない質問もタブーに触れる内容だと悟った。聞いてはいけないことなのだろう。

私も社会人になったことだし、こういうことも理解しなくちゃね。

「さ、帰ってお店の買い出しに行かなくちゃ」

よいしょ、と立ち上がった園子ちゃんは五百円を支払うと、来たときと同じように風を起こしてドカドカと出口に歩いてゆく。

急ぎ足で追いつき、

「ありがとうございました」

と、見送ろうとしたとき。

「詩織ちゃん」

小声で園子ちゃんが耳打ちした。

「はい?」