「奈良町通りのはずれに位置するから、雄ちゃんは『ならまちはずれ』って言葉使ってるわ」

「どうして『ならまち』という平仮名表記の町なのに、通りの名前だけは『奈良町通り』っていう漢字の名前を使っているんですか?」

以前、さまよっているときに感じた疑問を尋ねてみると、園子ちゃんは首をかしげた。

「たしか、都市景観形成地区になってるらしいわ。それからひらがなで書くようになったんやけど、その前からあった通りの名前はそのまま漢字で使ってるみたいやで」

「都市景観……えっと」

「詳しくは知らん。んなの、どっちでもかまへん。ここが長い歴史の流れの中で大切にされている場所には変わりないからな。まぁここは、道に迷ってたどり着くような店やけど」

ニカッと笑う園子ちゃんに、

「そういうことなんですね」

うなずきながらも、私は夏芽ちゃんを思い出していた。

それは雄也があの日私に言った、『ならまちのはずれにある店だからこそ俺は、迷って道からはずれた人たちの背中を後ろから押してやりたいんだ』という言葉を思い出したから。夏芽ちゃんも雄也が言うように、重い荷物を背負って過ごしているのかもしれない。

今ごろ夏芽ちゃんは学校でちゃんと笑えているのかな?

悲しみに負けて気持ちが迷子になっていなければいいけど。



まかないごはんを食べ終わるころ、園子ちゃんが、

「それ帳簿?」

と、右側に置かれている出納帳を見つけて尋ねてきた。

「らしいです」

「雄ちゃんらしいな。全然やってへんやん」

あっけらかんと笑う園子ちゃんに、

「そうなんですよ。私に全部やれ、って言うんですよ」

と、唇をとがらせた。

「それも雄ちゃんらしいわ」

ふと、さっき考えたことを尋ねてみたくなった。

昔からの常連だ、といつも自慢している園子ちゃんならなにか知っているかも。

「このレシートってすごい量たまっているじゃないですか」

「たしかにな」

「前は、この帳簿をつけている人がいたのですか?」

「え?」

なぜか驚いた顔をした園子ちゃんは、すぐに笑顔を取り戻すと、

「さぁ、どうやったかいな」と、首をひねってお茶をガブッと飲んでいる。

あからさまに動揺してる。下手な役者でももっとうまくごまかすだろうに。

「あの、柏木穂香さんって─」

さらに本質に迫ろうと口を開いたときだった。