ずっとあの残像ばかりが頭に浮かんでどうしようもなかった。『怖い』と言っていたのが、精神的にではなく肉体的な理由だったとしたら……。

けれど、雄也はうっとおしそうな顔を隠そうともしない。

「ほら、これ」

渡されたのは『出納帳』と印字されているノートと大量の領収書だった。

「休憩後からそれをまとめてくれ」

「え? これ全部?」

だって、レシートは文庫本くらいの厚さになっているし。

「社員だから当然だ」

「げ……」

「急いでやってくれ」

って、こんなにたくさんの量、いつからやってなかったのだろう?

途方に暮れそうな量の領収書やレシートに、がっくりと肩を落とす。

「買い物行ってくる」

たすき掛けを解きながら雄也が言った。

「ねぇ、夏芽ちゃんの─」

「今は仕事をしろ」

ぴしゃり、と言って雄也は出ていってしまった。

「……はい」

納得できないままひとりつぶやくと、ひとつため息をこぼす。

雄也のいない時間は、初めはお客さんが来たらどうしよう、と心配していたけれどそれは杞憂であることを学んだ。普通のレストランならこみ合いだす時間なのに、ここはほとんどお客さんは来なくなるから。

来たとしても、みんな慣れているのか座って雄也の帰りを静かに待ってくれる。

左端の席で寝ているナムとふたりっきりの時間。

今日のまかない食は、夏芽ちゃんも食べていたおにぎり。

ゴボウと牛肉の甘辛煮は品切れらしく、シンプルな白米のおにぎりが湯気を生んでいる。

おにぎりは適度な塩加減で絶品だった。握りたてで中に入っている鮭の切り身まで息で冷まさないといけないくらい熱い。ほんと、感心するほど温度にこだわっている。

「鮭、食べる?」

尋ねても目も開けやしないナム。お腹は満たされているらしい。

スマホを見るとお母さんからのメールが一件。さすがに実家に強制送還することはあきらめたらしく、だけどしつこく就職先を尋ねてくる。今来ているメールもそういう内容だった。

今のところこの仕事が自分に向いているかは不明のまま。覚えることだらけでまだ自分としっかり話し合いをしていないまま毎日が始まり、そして終わってゆく。

ただ、早起きが得意な私には合っているようには思うんだけどな。

「出納帳かぁ……」