思わず声に出した私に、サッと手を引っこめると、

「それじゃあ行ってきます」

わざと明るく声に出してから店を出てゆく。

悪い想像がまた頭で生まれている。

遅れて外に出ると、もう夏芽ちゃんは自転車に飛び乗っているところだった。

どうしよう、どうしよう!

頭の中でぐるぐるとさっきの夏芽ちゃんとの会話、手首の傷が早送りで映し出される。

「またね」

自転車に飛び乗った夏芽ちゃんは勢いよくこぎだそうとするので、

「待って!」

つい叫んでしまっていた。

─キィ。

ブレーキの音がして止まった夏芽ちゃんは、前を向いたまま片足を地面についた。

考えがまとまらない。

なんて伝えればいいのか、こういう状況になったことがない私には、その答えは見つかりそうもなかった。

だから、私はさっき雄也が言っていた言葉を思い出して、自分の願いを夏芽ちゃんに伝えることにした。

「今日が夏芽ちゃんにとって・新しい一日・でありますように」

「ふ」

軽く笑う声が聞こえ、振り向いた夏芽ちゃんの顔には笑顔が浮かんでいた。

「……ありがとう。行ってくるね」

「いってらっしゃい」

見送りながら思った。

どうか、彼女が笑顔でいられますように、と。



朝六時に開店するこのお店のピークは七時くらい。

出勤前の常連さんたちが次から次へとやってくるので四席しかないカウンターはすぐに満席になってしまう。が、朝の忙しい時間のせいか、回転が速くて待っているお客さんが出ることはなかった。

適度な忙しさがしばらく続くと、やがてポツポツとお客さんが続き、十一時を過ぎたころには数人が訪れる程度だった。

夏芽ちゃんが学校に行ってしまってから、ようやくお客さんが途切れた午後。

「ねぇ」

と雄也に声をかけるが、まったく反応がない。

声をかけたのに聞こえなかったふりで、奥の洗濯機がある部屋へ行ってしまった。

しばらくして醤油の瓶を持って出てきた雄也の前に通せんぼのように立った。

「今日の夏芽ちゃんのことなんだけどね」

「休憩していいぞ」

「そうじゃなくて、今朝の夏芽ちゃん」

話を聞こうともせず、強引に私を押しのけると、

「余計なことはするな」

と、低音ボイスで言ってくる。

「だって、あの手首の傷を見たでしょう?」