こんな表情は見たことがなかった。おびえているのか、体を小さく丸めるように目線を左右に揺らせている。

「なにが怖いんですか?」

新しい湯呑にお茶を入れて前に置いた。

「それは、言えない……」

ああ、それで毎日ここで朝ごはんを食べてから学校に行くのか。

「だからここがあたしの居場所なの」

そう言ってにっこり笑う夏芽ちゃんは無理している、とわかる。

開いた入口からナムが優雅にやってくるのが見えた。

「なーん」

食べ物の匂いを察知したのだろう。いつもの定位置ではなく、横側にあるエサ置き場に直行している。犬だけじゃなく猫も鼻が利くみたい。

「お、ナム来たね。意外にこれおいしいよ」

横を通り過ぎるナムに夏芽ちゃんが声をかけるけれど、素知らぬ顔。

「意外に、は余計だ」

そう言ってから雄也は私に木でできた器を渡す。これはナムのごはん入れ。キャットフードの上に、出汁をとった煮干しと小さなおにぎりが載っていた。

「おにぎりは味が濃いから水で少し煮て薄めている」

なるほど、ナム用にわざわざ作ったわけか。大事にされているなぁ、なんて思いながら横を見るとじっとナムが私をにらんでいた。

『早くよこせ』って目で脅してきているみたい。

けっして厨房の中に入ってこないのは、そう教えられているからだろう。

「お待たせ」

器を置いたとたんガツガツ食べ始めている。雄也も味を気にするなら、ナムの太った体型も気にしたほうがいいと思うんだけどな、と明らかにメタボなナムのフォルムを見て思う。

目線を前に向けたそのとき、また夏芽ちゃんの表情が曇ったように見えた。

箸と口を動かしてはいるが、その瞳が悲し気にうつむいたように感じられたから。けれど、それは一瞬のことで、夏芽ちゃんは大きな目を私に向けてほほ笑んだ。

やっぱり悩んでいるんだ、と知り胸が苦しくなる。大人っぽく見えても中学生だもんね、親の離婚に振り回されて、今度は再婚で悩んでいるなんてかわいそうになる。

私が気づいていることを知ったのか、夏芽ちゃんが雄也にわざと明るい声で尋ねた。

「ねぇ、ここって昼過ぎまで開いてるでしょう?」

「だからなんだ」

「遅くに食べるごはんは昼ごはんになっちゃわないの?」

「あ、それ私も疑問でした」

少しでも明るい雰囲気にしたくて私も援護した。