あまりの喜びように尋ねると、夏芽ちゃんは「うん」と笑みを浮かべてから、すぐにその顔を真顔に戻してしまった。

……なにか余計なこと聞いたかな。

不安になった私に、夏芽ちゃんは「違うの」と、片手を顔の前で横に振った。

「おにぎりにはちょっと思い出があってね」

「思い出、ですか?」

つい気になって聞いてしまった。夏芽ちゃんは軽くうなずいてから私を見た。

「うちの親、離婚してるの」

あっけらかんと言うので、「えっ?」と、驚くのも間が空いてしまった。

「もうずいぶん前のこと。まだ小さかったから、お父さんの顔はほとんど覚えていないんだ」

「そうだったのですか……」

「暗くならなくていいよ。ほんと、覚えてないから」

余計なことを聞いてしまったのかもしれない。雄也はあきれた顔で私を見てくる。

私だってお客さんのプライベートなことに首を突っこんではいけないことくらいわかっている。

不可抗力だよ、と唇をとがらせてみせるけど、プイと目線を逸らされてしまった。

「お父さんとの唯一の思い出が、一緒におにぎりを食べたことなんだ」

やわらかい声の夏芽ちゃんが、おにぎりを両手で持ってなつかしむような目をした。

雄也を見ると、洗い物にとりかかっていてこっちを見ない。

「もう、ずっと昔の話なんだけど、奈良公園でお父さんと一緒におにぎりを食べたんだよ。だから、おにぎりを食べるたびに思い出すんだ」

そう言っておにぎりをほおばった目がさらに大きく見開いた。湯気の間に見えているのは、ゴボウのようだ。

「これ、すごくおいしい!」

感嘆の声をあげる夏芽ちゃんにも、

「あたりまえだ」

雄也はいつもの口癖で答えてから腕を組んだ。

「『香りゴボウと牛肉の甘辛おにぎり』だ。香りゴボウは大和野菜を使っている」

雄也の説明の最後は、私に向けて言っているのだろう。

「牛肉が甘くって、ゴボウの食感も楽しいよ。これ、ほんと好きかも」

「好きかも、なんて日本語はない」

「なにさ、せっかく褒めてやってんのに」

ふてくされた顔を作ってから、夏芽ちゃんは言った。

「お父さんの作ったおにぎりはね、すごくゴツゴツしてて硬かったんだ。でも、すごくおいしかったんだよね」

ふいに夏芽ちゃんの顔が悲し気に変わったのが見えて口をつぐんだ。