「ここって株式会社だったの?」
「一応、な」
へぇ、ちゃんとした会社だったんだ。
【代表取締役】の欄には柏木雄也の名前が。
そして、その下の【役員】の欄に柏木穂香という名前があった。ちらっと雄也を見るけれど、彼はせっせと作業をしていて気づいていない。
もしかして、これって奥さんの名前かもしれない。まぁぶっきらぼうだけどそれなりにイケメンだし、結婚してても不思議はないよね……。
ふと昨日『もう昔の話だ』と言っていた雄也の悲しい顔が重なった。ひょっとして……離婚しているの?
「って、どうでもいいじゃん」
ぷるぷると首を振って他の項目を見ていると、【雇用契約:正職員】と記載してある。
「アルバイトじゃないの?」
文字から目を離さずに尋ねる私に、
「なんだ。アルバイトが良かったのか?」
雄也の声がしたので首を横に振った。
「正社員……」
でも給料とかはどうなっているんだろう? 文字を追ってゆく指がはたりと止まった。
【給与:年齢×一万円】と記してある。
「年齢、ってなによこれ」
「そのまんまだ。毎年一万円あげてやろう」
そんな雇用条件聞いたことがない。でも悪い条件ではないのかも……違う、流されてどうすんのよ。冷静になって、店内を改めて見回す。
「こんな小さなお店に従業員がいてもいいの?」
普通に考えたら赤字経営になりそうなもんだけど。
「俺はどうしても買い出しとかで店を空けることも多い。料理はきちんと教えるから考えてみろ」
さっき漂っていた匂いが強くなっていた。味噌汁の香りもそれに合わさっている。
ここの料理はすごく香りが強いんだ、と今さらながら気づいた。
普通、いくら厨房が近くてもこんなに食べ物の匂いを感じたりはしないから。
食べ物の香りってすごく人を落ち着かせるんだな。こういう空間で仕事ができるなら、ひょっとしたら幸せなのかもしれない。
「これ食ってから考えろ」
お盆に載せられた朝食が目の前に置かれた。
たくさんの白い湯気が香りをまといながら宙で踊っている。
「うわぁ」
感嘆の声は意識せずとも勝手に出ていた。
白いごはんはコーティングされているかのように輝いているし、主菜の煮物は、筍やつみれ団子が出汁の色に染められている。
添えられた出汁巻卵は真ん中に明太子の鮮やかな赤色が顔を出していた。