「お母さん、私の気持ち少しでも考えてくれた? もしそうなら、出社初日に会社が倒産してしまった私のことを心配してくれるはずでしょう? ひと言でもそういう言葉かけてくれた?」

『…あっ、あのね』

胸が苦しかった。だけど、言わなくちゃダメだと思った。お母さんが悪いわけじゃない。ただ、まだ帰るには時期尚早だと思うから。

「お母さん、ごめん。お母さんの気持ち、わかっているつもりだよ。責めているわけじゃないの」

『………』

「でも私、もう少しここにいる。一カ月してダメなら帰るから。それまではまだここにいさせてほしいの。ごめんね」

そこまで言うと、衝動的ともいえる早さで『通話終了』のボタンを押した。すぐに電源を切ると、スマホをカバンにしまった。

音のなくなった部屋で、まだテレビでは会社が倒産した経緯をフリップにして話し続けているようだ。

あんなふうにお母さんを責めるなんて間違っていた、と思った。だけど、どうしてもまだ帰りたくなかったから。がんばって現状を打破して、それでも無理ならきちんと謝ろう。

もう一度窓の外に目をやると、まだ丸い雲はそこにふんわり浮かんでいた。

なんだか、少しだけ気持ちがすっきりしている私がいた。



ハローワークに行く、って昨日までは決めていた。

それは朝、目が覚めたときも同じ気持ちだった。バスに乗って奈良駅まで行って、乗り換えればすぐに着くこともスマホで調べていた。

担当の人に、この先のことを相談してなにか仕事を見つける。ちょっとくらい希望と違う仕事でも、今はこのひとり暮らしを維持することが最優先事項なのだから。

あんなことがあった夜だから眠れるか不安だったけれど、やることもないので早々に寝てしまった。びっくりするくらい深く眠ったらしく目覚めがいい。

「昨日泣いたからかな」

しっかり閉めたカーテンから、まだ空の色は見えないけれどきっといい天気だろう。いや、確信はないけれどせめて天気だけでも良くあってほしかった。

ハローワークは混んでいそうだから、さっさと着替えて向かうことにした。

一瞬だけ雄也の顔を思い出したけれど、見なかったことにして準備を急ぐ。

「ふん」

鼻息も荒く布団から起きた私の目に入ったのは、まだ片づけていない段ボールと、その上に置いた時計だった。これもきちんと箱から出してしまわないとね。