買ったばかりのテレビをつけると、時代劇が流れていた。音量を絞ってからチャンネルを変えると、今朝立ち尽くしていた会社の入口が映っている。たしかにあの場所にいたはずなのに、画面を通じて見るとなんだか知らない場所のよう。

『巨大な責務、突然の倒産』と仰々しいテロップの向こうでは、真剣な顔のリポーターが必死で口を動かしている。

でも、どうせ他人事なんだろうなあ。世間を揺るがすであろう大きな会社の倒産も、話しているリポーターや司会者も見ている大半の人ですらも、違う世界で起きている次元のひまつぶしにしかならない話題。

『ちょっと聞いてるの!?』

再びの大声に意識をお母さんに戻した。

「聞いてるよ。でもどうしようもないでしょう。もう倒産しちゃったんだから」

『そうだけど、お父さんになんて説明するのよ。それに近所の人にも』

少し落ち着いたらしい声の意味するものは、結局それなんだな。

「また仕事探すから」

『あんたはなにをのん気に……』

言葉を失ったお母さんは、荒い息を繰りかえすと、

『すぐに戻ってきなさい』

低い声で断言した。

「戻る? 戻ってどうするの?」

『あの会社に就職できるからこそひとり暮らしを許したのよ。もう奈良にいる必要はないじゃない。戻ってこっちで仕事を探しなさい』

言っていることは正しい、と思った。それに気分的にも経済的にもそのほうがいいことも。

だけど、私の口は、

「戻らないよ」

意思とは反対の言葉を放っていた。言った私がいちばん驚いている。

『え?』

信じられない言葉だったのか、お母さんの間の抜けた声を聞いていると、なんだか自分の気持ちが固まってゆくのがわかった。そう、帰りたくない。

『社会なんてそんな甘いもんじゃないの。せっかく大手の会社に就職できたのにダメになっちゃって、それだけでも恥ずかしいのにこれ以上ワガママ言わないでちょうだい』

窓の外に丸い雲が顔を出した。青と白のコントラストがなぜか美しく見えた。電話の声は非現実で、ここにいる私が現実。

可能性はまだ残されている、と思えた。

『詩織、聞いてるの? なんとか言いなさい』

ここにいたい、と思った。

『詩織!』

「そればっかだね」

静かにそう言うと、お母さんの、

『は?』

怒りの声が耳に届いた。

『なんのことを言ってるの? 詩織、あのね』