バスを降りてアパートに戻ったころにはとっくに昼を過ぎていた。

安アパートの錆びた階段を上ると一番奥が私の部屋。
住み始めて数日しか経っていないのでさすがにまだ慣れないけれど、パンプスを脱ぎ捨てたとたんにどっと疲れが押し寄せてきて、そのまま絨毯に倒れこんだ。

スーツのシワも気になるけれど、今はただ横になりたかった。

放り出されたカバンに春の光がむなしく当たっている。

「……これからどうしようか」

泥沼から這い上がるように起きようとしても力が入らず、右手を伸ばしてカバンをずるずると引き寄せた。中にある書類を取り出す。

たしか、会社の人が渡してくれたような記憶があった。そこには、【失業給付金について】という題字が記してあった。

普通、会社が倒産した場合は、すぐに失業給付金が支払われるらしいが、一度も働いていない私に支給されるとは思えない。つまりは完全なる無職。

「はああ」

何度目かのため息に、体が絨毯と同化してしまいそうな気分。このまま溶けてしまえばいいのに。

仰向けになってガラス越しの空を見上げる。朝見た雲はどこにもなく、快晴の青空がそこにはあった。

なんだかひとり取り残されたような気分になる。

それでも絶望感は少し癒されたようで、もうお腹は苦しくなかった。

「……柏木雄也」

今日出逢った人の名前をつぶやく。

不思議な人だった。

最悪だった今日という日が、雄也との出逢いで落ち着いたのはたしかなこと。

それに、人前であんなに泣いたのも初めての経験だった。

ぶっきらぼうな人だったけれど、時折見せるやさしさはなぜか自然に心に入りこんでくるようだった。

『ここで働かないか』という彼の提案に、私は『ええ?』と驚くしかできなかった。そんな私におかまいなしで、雄也は言っていた。『働く気があるなら明日の朝六時までに出勤してくれ』と。

たしかに仕事が決まっていない現状では渡りに船だけど……今日いきなり失業して、明日から急にここで働け、と言われても心の準備ができない。

迷っている理由をあげるならば二つある。

一つ目はバイト暮らしなんかでは親は納得しないだろう、ってこと。収入が見こめない仕事でひとり暮らしが継続できるとは思えない。