「時計もカバンも新品そのものだからな」


「すごい観察力だね」


「まあな」
 
短く答える雄也に自嘲気味に笑うしかない。


「大きな会社に就職が決まって、いよいよ今日から新しい人生が始まるって思ってた。学生気分を忘れて、新入社員としての心構えだってできていたの」


今朝までの私ははたから見ても幸せそのものだった、と思う。

手首でピカピカ光っている時計の盤面が少し翳って見えた。

就職が決まったときにお父さんが買ってくれたものだ。

カバンはお母さんからのプレゼント。

『初任給が出たらおかえしするね』、そう笑ったのがずいぶん昔のことに思える。


「……なのに」


言葉にかぶせるように今朝見た光景が脳裏に広がった。

思い出したくないシーンがまた頭の中で繰りかえされる。


「今日会社に行ったらたくさんのテレビカメラがいたの。スーツを着た人たちがわめいたり泣いたりしてた。みんな自分のことに必死で、新入社員の私のことなんて気にもとめてなかった」