男性は「そうか」と、短く言うと背を向けた。


「じゃあ、食っていけ」


そう言うと、引き戸の中に姿を消してしまった。


「……え?」


ぽつん、と残された私。

今、なんて言ったのだろう……?

振りかえると後ろで寝ていたはずの太った猫が私の横を歩いて悠然と家の中へ入ってゆく。

ここの飼い猫なのかな?


「早く入れ」


また聞こえる男性の声に、足がすくんだ。

見ず知らずの人の家に入るなんてできるわけがないし。

頭の中で『逃げる』という選択肢を選ぼうとしたとき、戸にさげられている濃い紫色ののれんが目に入った。