「竹の束が降ってくるような強い雨のことです。『ざんざぶり』とも言ったそうです」

「詳しいのですね」

感心しながら言うと、

「全部、友季子から教えてもらったことですけどね」

おどけて小野さんは笑った。

同じように自然に笑顔になると、少し雨が弱まった気配がした。

「詩織さんにはお世話になりました」

声に意識を戻す。

「なんだか不思議な出逢いだった。長い間、ずっと友季子を想っていた。きっと死ぬまで苦しいと思っていたのに、救われた気分です」

「そんな、私なんて失礼なことばかりしてしまって……」

隣に友季子さんが立つのがわかった。

横顔は穏やかで、なにかを決心した表情に見える。

「あの……」

「はい」

「失礼ついでに、もうひとついいですか?」

ここに雄也がいなくて本当に良かった。でも、これは余計なことではないと思えたから。

「もうなにを言われても驚きません」

ニカッと歯を見せた小野さんに、私は言う。

「今、隣に友季子さんがいます」

「詩織さん」

驚いて言う友季子さんの目を見て、少しうなずいて見せた。

「……本当に?」

まだ少し笑っている小野さんに、

「ずっといるんです。でも、友季子さん、もう旅立つんですよね?」

そう言ってから右を見た。

「はい」

リアルに聞こえる友季子さんの声。

だけど、小野さんには届かないようで寂しい表情をした。

だとしたら、私にできることは彼女の言葉を、最後の言葉を伝えることだって思った。

「友季子さん、小野さんに伝えることはありますか?」

私の言葉に、友季子さんは視線をさまよわせている小野さんをやさしく見やってから口を開いた。

「小野さん、私幸せだった。あなたに出逢えて、未来を夢見て、本当に幸せでした」

「小野さん、友季子さんが『幸せだった』と言っています」

「僕も、もちろん僕も幸せだったよ」

ふたりは笑顔だった。

あの日のふたりには戻れなくても、こうして過去の恋を浄化しようとしている。

「小野さんが私を今でも覚えててくれた。雨の日に茶粥を食べたこと、そしてこうして私に会いに来てくれたこと、それだけで十分です」

そう言ってから友季子さんは体を私に向けた。

「ありがとう、詩織さん。これでようやくラクになれます」

「行くのですね」

小降りの雨が、今、上がった。