開きっぱなしの扉からはまだ雨の音が続いている。

「でも」

短く言ったあと、小野さんは眉間のシワを深くした。

「あの日は僕が強引に外で会おう、と待ち合わせをした。雨だったから、彼女の家に迎えに行けばよかったのに。記念日なんて……今思えばこだわる必要もなかったのに、そうしたら、あんな悲しいことっ─」

そこまで言ってから口をぎゅっと絞った小野さんは、もうそれ以上話をすることを止めてしまった。

茶粥がお盆に置かれた。横には友季子さんのそれに添えたのと同じ卵焼きが載っている。

目の前に置かれたお盆を見て、小野さんは首を横に振る。

「食べられません」

「なんで?」

片眉を上げて聞く雄也に、小野さんは顔をゆがめる。

「あの日以来、ずっと茶粥は食べていない。茶粥を食べてしまったら、彼女を忘れてしまうようで、忘れたくなくて」

悲痛に満ちた声は震えていた。隣の友季子さんはもう両手で顔を覆っていた。

そんな小野さんに、

「だからこそ食べるんだ」

そう雄也は言った。

「でも」

「いいか。お前の心にあるのは罪悪感だ。友季子を忘れて幸せになることを躊躇しながら、それでも新しい人生を今生きているんだろう?」

「……」

「誰もが同じ場所にはいられない。死んだやつは別だけどな」

チラッと友季子さんを見やってから雄也は両腕を組んだ。

「お前が迷いながら生きていて、それを友季子はうれしく思うか? 今の家族はそれで本当に幸せなのか?」

「だけど、友季子は今でも待っているって」

私を見た小野さんに、雄也はあきれた顔をした。

「こいつのおせっかいは的外れだから気にするな。友季子を想う気持ちは今でもあるんだろう?」

「もちろんです。雨の日になると、月命日の日になると、奈良に来ると……いつだって彼女のことばかり考えています」

その言葉に友季子さんは顔から手を離した。震えた唇はそのままに、横顔の小野さんを見つめている。

「それだけで十分じゃないか。だけど、そろそろちゃんと前を向いて歩き出すときだろう。守るべき家族があるならなおさらだ」

それでも硬いままの表情を崩さない小野さんは、

「友季子に申し訳ないんです」

声を絞りだした。

「失ってから気づいても遅いんだよ」

ふとトーンを落とした雄也の声にみんなの視線が集まった。