隣の友季子さんも信じられないような表情のまま、両手を口元に当てて震えている。
「きみはいったい……?」
「私、私は……」
なんて言えばいいのだろう?
小野さんに全部話をしたとしても、彼に友季子さんは見えない。
ふたりの恋は友季子さんが亡くなったときに、突然の終わりを迎えたのだから。
新しい人生を歩き出している小野さんに、言葉が探せないまま私はうつむくしかできなかった。
「座れよ」
その声は、雄也だった。
彼の存在に初めて気づいたように小野さんはハッと顔を上げると、
「すみません」
恥じるように席に座った。隣にはまだ友季子さんが立ち尽くしている。
彼の視線はまた右側にある茶粥に注がれている。
そんな小野さんを見つめる友季子さん。
彼にひと目だけでもその姿が見えたなら……。叶うはずのない願いはお腹の中でぐるぐるうごめいていて涙に変わって落ちてゆくよう。
「お前も中に戻れ」
雄也の声に素直に従ったのは、それでも私にはなにもできないって思うから。
私のせいで小野さんを苦しめた。そして、もっともっと友季子さんに悲しい思いをさせることになるかもしれない。
唇をかんで中に入ると、雄也は鍋に蓋をして火にかけているところだった。
ひょっとして小野さんにも茶粥を出すつもりなの?
友季子さんは涙をぽろぽろとこぼして、
「小野さん? 私です。ここにいます」
小さな声で何回も話しかけている。
だけど、小野さんには聞こえない。
それが悲しくて、やるせない気持ちのままお鍋の煮えるポコポコとした音が響いていた。
隣にいるんだよ。
こんなにそばにいるのに、二度と、触れられないなんて。
「茶粥に思い出があるのか?」
雄也が尋ねる声に、小野さんは大きく息を吐いた。
「ええ。彼女……友季子がよく作ってくれたんです」
「そうか」
短く答える雄也に、小野さんはようやくほほ笑んだ。
「茶粥は雨の思い出です」
「雨の?」
ようやく私も言葉を発することができた。
「雨になると友季子はなぜか茶粥を作ってくれたんです。理由は『雨は心を冷やすから』なんて言っていましたけれど、彼女は雨が嫌いだったんですね。外に行くことを嫌がっていました」
「そうでしたか」
「そんな僕も、いつしか雨の日には彼女の茶粥を食べることが楽しみになっていたんですよ」