「私の未練がいつの間にか詩織さんに悪影響を与えそうだったんです。少しずつ感情移入してくれていることがわかったから、だから冷たくしてしまってごめんなさい」

「そんな……」

ざわざわと胸が騒がしくて落ち着かない一方で、こんな非現実なことをどこかで受け入れている自分が不思議だった。

「そろそろ旅立たなくちゃいけませんね」

決意したようにまっすぐに茶粥を見つめる表情に、

「待ってください!」

思わず叫んでいた。ゆるゆる首を横に振ってから私を見た友季子さんの目は、こんなときなのにやさしくほほ笑んでいた。

「私なんかのために、詩織さんが一生懸命になってくれてうれしかった。だからこそ、ここにいてはいけない、って思えたんです」

「さ、もういいだろう」

終わりを告げるように言った雄也に、友季子さんは音もなく立った。

「本当にご迷惑をおかけしました」

「次は幸せになれるといいな」

そっけなく言ってから盆ごと茶粥を下げた雄也は、もう友季子さんのほうを見もしない。

「ありがとうございました」

それから友季子さんは横顔をキュッと引き締めて、迷ったそぶりを見せながら私を見た。

「小野さんは、今……幸せそうでしたか?」

「それは……」

なんて答えていいのか躊躇するが、しっかりと伝えないと成仏できないのかもと思い直した。

「遅い結婚だったようですが、お子さんもいらっしゃって……幸せそうに見えました」

彼の素朴な笑顔を思い出しながらそう言った。

「そう……。あれから、もう何年、何十年と過ぎていたのですものね」

だけど、その横顔がゆがんでいる。必死で笑おうとしているけれど、苦し気な表情に胸が痛くなった。

「毎年、約束の日になると猿沢池で待っていたの。きっと彼は来てくれる、ってそう信じて……。だけど、時間が止まってしまったのは私だけで、小野さんの時間は動いていたんですよね」

友季子さんは、彼が結婚をしていることも知りえなかったのだろう。

彼が今も愛してくれている、と信じたかったのかもしれない。

「私、バカですね。ずっと待っていたなんて。もう会えないのに、会えないのに……」

両手で顔を覆って静かに泣く彼女にかける言葉も見つからないまま、私の頬にも涙がこぼれた。

来る日も来る日も、ずっとひとりの人を待ち続けるなんて、あまりにも悲しくて苦しい待ち合わせ。