「隣の畑にいるよ。ほら、見える」

指さしたほうに誰かが見えた。遠くてあまりよく見えないけれど、作業着のような姿が立ち並んだビニールハウスの横に見えた。

小野さんは農業をしている人なのかも。

「もういい? ゲームしたいから」

無邪気な男の子に「ありがとう」と手を振ってから、隣の畑のあぜ道へ足を入れた。思ったよりもぬかるんでいて、靴が飲みこまれていきそう。

さっき見た小野さんと思われる男性はビニールハウスに入ってしまったらしく姿が見えなくなっていた。

ずいぶん時間がかかってたどり着くと、白いビニールハウスの入口から中を見やった。

「あの、すみません」

声をかけるけれど、ところどころ赤く色づいたトマトの苗が無数に見えるだけ。

「すみません」

もう一度声をかけると、

「はい」

すぐ後ろで声がして思わず悲鳴を上げた。

「あ、すみません。驚かせてしまいました」

しゃがれた声に振り向くと、

「え?」

さらに驚いて自分の目を疑った。

「なにかご用ですか?」

「あ……あの」

言葉が出てこないまま、じっと目の前の男性を見やった。

汚れたつなぎに身を包んでいる色黒の男性は白髪交じりのおじさんだったから。

どうみても四十歳は軽く超えているだろう……。

「すみません。あの、小野さん……小野准さんという方は……」

カラカラに乾いた声でなんとか尋ねる。

きっと間違いだ。

小野さんのお父さんなのかもしれない。さっきの男の子が聞き間違えたのだろう。

私の願いは、男性の言葉に砕かれることになる。

「はい。私ですが」

ぽかん、とする私に男性は首に巻いたタオルで汗を拭きとると、

「あなたは?」

と、逆に尋ねてきた。

「あ、あの……」

考えが、最悪という名の一点に向かって集まりだしている。

友季子さんが愛した男性。約束の場所に現れなくて電話すらできない状況。

それって、それって……。

「小野さん、突然すみません。私、南山詩織と申します。奈良からやってきました」

奈良、の単語ににこやかな小野さんの表情が硬くなるのを見た。

やっぱり……。

「奈良県から?」

つぶやくような声の小野さんにうなずくと、

「猿沢池近くにならまちという場所があります。そのはずれで、朝ごはん屋を手伝っているんです」

自己紹介を早々に終わらせてから私は尋ねる。