久津川駅の改札口を出ると、駅前通りは閑散としていて、歩いている人も少なかった。

さて、これからどうしよう……。

地図らしき看板も見つからないし、あったとしても小野さんの家が載っているとは思えない。

雨はいつの間にか止んでいた。

一台だけ停まっているタクシーに乗りこむと、手紙の住所を告げた。

ここまで来てしまったのだから迷っている場合じゃない。



「ここですわ」

奈良弁とはまた違うイントネーションで話す初老の運転手さんがハザードを出して停車した。

畑の続く道にぽつんと一軒家が窓越しに建っていた。小野さんは親と住んでいるのだろうか?

「ありがとうございます」

代金を支払って外に出ると、急に現実味を帯びてくる。

私はいったいなにをしようとしているの?

疑問を打ち消して、門の前に立った。表札があるかと思ったけれどどこにも見当たらない。

しばらく迷っていると、向こうから小走りで走ってくる男の子の姿が見えた。

ランドセルを背負っていて、なにかと競争しているみたいにひとりでダッシュしてくる。

インターホンに指を伸ばすけれど、今さらながら気づく非現実さに、体が固まったように動けなくなってしまう。勢いのままここに来たけれど、本当にいいのだろうか?

迷いがまた生まれてしまってじっとしている私に、

「こんにちは」

すぐ下で声がして驚く。

走ってきた男の子が、にっこりと笑って私を見上げていたのだ。

「あ、こんにちは」

小学三年生くらいだろうか。半ズボンで黄色いカサを手にした男の子は、

「今、誰もいないよ」

そう言うと門を開けた。まさかこの家の子供だったなんて、という驚きでアワアワしてしまう。ひょっとしたら小野さんの弟かもしれない。小野さんの年齢は知らないけれど歳の離れた兄弟ってことかも。

「ここは小野 准さんのお宅ですか?」

「うん」

にっこり笑った男の子が体には大きなランドセルをおろして紐でつながれた鍵でドアを開けた。

どうしよう、と青ざめる。

家を確認してしまったのに、今さら『間違えました』では済まない。

「あの……お留守でしたら出直したいかと思われます」

いないのならそのまま帰ればいい。ヘンな日本語を口にしながら後ずさりをする私は、誰が見ても不審者だろう。だけど、男の子は屈託のない笑顔を浮かべた。