いつの間にか園子ちゃんが立っていたのだ。

「最近よう会うな」

スーパーの袋を下げてばっちりメイクの園子ちゃんは、これから出勤なのだろう。

「あの、今ここに」

言いかけて、園子ちゃんは友季子さんに会ったことがないのを思い出した。

「ん?」

「……なんでもないです」

モゴモゴと口ごもっていると、

「なんか心配ごとか?」

鋭いことを言ってくる。

「いえ。別に……」

と、ごまかしておく。お客さんの恋愛事情を話すことはできないし。

「ごまかしたらあかんで。ほら、言ったほうがええで」

めげずに催促してくる園子ちゃんになにか話題はないか、と考えているうちに、さっきの和豆との会話が頭に浮かんだ。

「ナムの名前って、雄也が『南無阿弥陀仏』からとってつけたそうですね」

苦し紛れの私の言葉を、「んなアホな」と、園子ちゃんは瞬殺した。

「そんな名前の由来やったら、ナムちゃんかわいそうやん。初めから死んでるみたいやないの」

言われてみれば、たしかにそんな由来の名前ではかわいそうだ。てことは、和豆にしてやられたってことか。今度会ったら文句言ってやらないと、と鼻から息を吐いた私に園子ちゃんは言う。

「それに名前をつけたのは雄ちゃんと違う。穂香ちゃんや」

穂香さん……。

その名前にまた胸がドキッとした。知ってはいけない秘密に踏みこんでしまうような感覚になり、「へぇ」と曖昧にうなずいた。

「子猫を引き取ることを決めたのも穂香ちゃん。名前を決めたんもそうや」

「そうですか……」

変わる天気と同じように、気持ちが不安定に揺れ動いている。

友季子さんのこと、穂香さんのこと。

いろんな出来事が胸に止まない雨を降らせているようだった。



結局昨日、友季子さんが猿沢池に戻ってくることはなかった。

ひょっとしたら待ち続けた小野さんが現れて、ふたりでどこかへ行ったのかもしれない。

そう思えば気持ちはラクになるけれど、あの友季子さんが挨拶もしないでいなくなるとは考えられない。

今日は朝も昼のお使いのときにも猿沢池には寄ってみたけれど、また降り出した雨の世界に友季子さんは見当たらなかった。

カウンターの上に置いてあるペンをコロコロ転がす。